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一度だけ

するりと冷たい空気が、頬をなでていた。
夜というのは、世界中のどこにいても身体も、そして心も冷やしてしまうのだろうか。
空にはぼんやりとした青白い月が浮かび、鞘かに里を照らしていた。
皆が寝静まった、夜も深い時間。乱馬は一人建物の外に出ていた。
そして、周りに誰もいないことを一応確認すると、ある場所へと向かう。
それは、里の中央にある教会の裏手にある、書庫。
そう、夜な夜なあかねが一人調べ物をしている場所だった。
別に、この書庫で深夜に落ち合うことを約束したわけではない。
でも、ここに来ればあかねとふたりになれる。たとえ記憶を失っていて、ここに来る前までのことを覚えていてくれなくても、あかねと二人になれる…それだけでも、乱馬にとっては大切な時間だった。
乱馬は、建物の前でもう一度あたりを見回した。そして、一度深呼吸をした後、キイ・・・と気を使いながら書庫の扉を開き、中へと入る。
書庫の中はほぼ闇であったが、奥のほうでぼんやりと、オレンジ色の光がともっているのが見えた。
ランプのあかりに照らされた中、あかねが本のページをめくっている。
周りには、もちろん誰もない。
ぼんやりとオレンジの明りに照らし出された白い肌。
ぱっちりとした瞳に、華奢な身体。漆黒の髪がより艶やかに目に映る。
以前のように、何かにかこつけてその身体を抱き寄せることも、手を取って歩くことも、今はできない。
だが、出来ないからこそその欲望が日に日に強くなるのも乱馬は感じていた。
そこにいるのは、あの日手を離して船に乗せてしまったあかね。そう思えば尚更であった。

「・・・」
乱馬は、トン、トンと軽くそばの壁をたたいた。
「あ・・・」
と、すぐにその音に気づいたあかねがふと顔を上げて、乱馬の存在に気が付いた。
だが、

「・・・」
乱馬の姿を見つけたあかねは一瞬笑顔を見せたが、何故か今日は、すぐに表情を曇らせてしまった。

「・・・?」
…いったい、どうしたのだろうか。
乱馬は不思議に思いながらも、あかねの傍まで行き、話し掛けた。
「今夜も調べものですか?」
「え、ええ・・・」
「知りたいことは、わかりましたか?」
「い、いいえ・・・」
「・・・」

が。
昨夜とは明らかに様子が違い妙によそよそしいあかねは、乱馬が尋ねたことに対して必要以上のことを答えない。
それどころか、目線さえもあわそうとしない。
乱馬のことを警戒しているのだろうか?
いや警戒というよりも・・・避けている?

「・・・どうしました?」
自分は、もしや知らないうちにあかねに何かしてしまったのだろうか。
急激に不安に刈られた乱馬は、あかねに慌ててたずねた。
あかねは、そんな乱馬に対し何かをためらっているような様子だった。
が、
「・・・と思って・・・」
「え?」
「・・・こんな風に王子とお話しているのが、悪いと思って・・・」
あかねは小さな声でそう呟くと、俯いてしまった。
「何が悪いのですか?」
・・・まさか、真之介に、とか言い出すんじゃないだろうな。
乱馬は先ほどの不安感を急激に増大させるが、
「国に残してこられたという、王子の許婚の方です」
「・・・は?」
「ですから、王子の許婚に。例え何もなくとも、許婚が遠く離れた場所で、このように異性と話をしている姿を想像したら・・・もしも私がその許婚なら、きっと悲しい・・・」
あかねは小さな声でそう呟くと、口をつぐんでしまった。
もちろん、言われたほうの乱馬にしてみれば何のことだかまったく理解できない。
だいたい、乱馬の許婚は他ならぬあかねであって、もちろん国に置いてくるどころか、記憶をなくした状態で今、目の前にいる。
もちろんあかねはそれを知らないので仕方ないにしても、
「そのようなことはあなたが気にすることではない」
「でも…」
「いったい、なぜ突然そのようなことをおっしゃるのか。それに、誰にそのようなことを聞いたのですか?」
少なくても、神楽やタクトがあかねに話すとは思えなかった。真之介ならば話すかもしれないが、あの異常に忘れっぽさゆえに、あかねのことは覚えるかもしれないが乱馬のことを覚えているとは思いがたかった。
となると、乱馬達仲間の中の誰かが、あかねに誤った情報を教えたとしか思えない。
「誰があなたにそれを?」
乱馬は、あかねをじっと見つめながらもう一度そう問いかけた。
あかねはそれに対しては小さく左右に首を振るだけだったが、
「…大事にしてあげてください、その方を。出会ってまだ数日の私だって、王子と少しお話をして楽しいと思いました。許婚のかただって、ずっとずっと、王子と一緒にいたならばそう思っていたはずです。旅に出るために離れ離れになった今はきっと、さみしい思いをしてらっしゃるのではないかと思います」
「…」
「特に何か特別なことがあるわけではないけれど、こんな風にして王子と二人で夜、お話をしているということをきっとその方が知ったら、複雑な思いに駆られるでしょう。私なら、不安を感じます…たとえ心変わりなどしないとわかっていても、です。だから…」
だから、どうか今夜はお戻りください。あくまでも、右京に聞いたままの「国に残してきた許婚」に配慮する言葉をあかねは口にした。
乱馬はそのあかねの言葉を黙って聞いていた。
だが、勿論こんなことを言われて、あかねと二人きりになれるこの空間を「はいそうですか」と手放すほど、彼は大人ではない。
「…誰にそのようなことを聞いたのかわかりませんが、とにかくあなたが気にすることではない」
乱馬は、一度深呼吸をした後、静かだけど強い口調でもう一度そう呟いた。
すると、
「…」
あかねはそんな乱馬に対して、少し悲しそうな表情をした。乱馬の胸が久しぶりにぎゅっと、締め付けられる。
「たしかに私が気にすることじゃないかもしれないけど…でも…同じ女性として、離れたところにいる婚約者がもしも今の王子と同じ言葉を他の女性に話していたと思うと、私…」
あかねは悲しそうな表情のまま、そう呟いて俯いてしまった。
きっとあかねは、「許婚がきちんといるのに、その人をないがしろにするような発言をするなんて」とでも思っているのだろうか。
悔しいけれど、今は、真実を話せる状態ではない。
誰が余計なことをあかねに話したのかは知らないが、このまま「わかりました、それでは僕は部屋に戻ります」で終わらせてはいけないことだけは、乱馬もわかっていた。
「…確かに私には、許婚はいます。ただし…国に残している、というのは誤解です」
「え?でも…」
「…国ではない場所にいます。そしてその人は…遠い」
心の、距離の話ですが。乱馬はすっとあかねから目をそらし、表情を変えぬままそう呟いた。
「…」
あかねは、不思議そうな顔で乱馬の話を聞いている。国ではない場所にいる、というのも気になるが、それよりも心の距離が遠いというのはどういうことだろうか?というところだろうか。
「私…いや、俺は絶対に離してはいけない手を、離してしまったんだ」
乱馬は、そんなあかねに対して最初は努めて冷静に、ぼやかしながらあかねに話をし始めた。
だが、
「約束したのに…どんなことがあっても、守ってやるって。絶対に怖い思いをさせたくないって、心にも決めていたのに。それなのに俺は彼女の手をあの時離してしまった…」
あかねとヒルダの街で別れてしまったあの瞬間のことが徐々に脳裏にはっきりと蘇ってくるにつれて、乱馬の冷静さが壊れ始める。
「人一倍意地っ張りで、つらいときだってつらいって言わないくせに、たった一度だけ俺に、怖いって。泣きながら怖いって言ったのに…それなのに俺は…」
「…王子?」
それまで黙って聞いていたあかねも、徐々に冷静さを欠いてくる乱馬に気づき、心配してあいの手を挟むが、
「もっと早くに、気がつかなくちゃいけなかった…それなのに…」
「王子…」
乱馬はまるで何かに取りつかれているかのように、自分の世界に取り込まれて話を続けている。あかねの声も、耳に届いていないかのようだ。
「あんなことに巻き込まれてっ…全部分かってるんだ。こんなことになったのは、あの時の俺のせいで…!」
蘇る、過去の記憶。
後悔しても、後悔しても、もう二度とあの時間には戻れないのは分かっていても、「あの時」の記憶が何度も乱馬に後悔の念を思い出させる。
「…全てのカードを集め、二十三枚目のカードを作る。光と闇の魔法の使い手の魔力を、カードを差し込んだ剣に注ぎ込むと、クロノスソードという魔剣ができるという。その剣の力をもってすれば、俺はあの日の、あの時間に戻ることができるのだろうか…」
もしそうできるのならば、俺はそれを願いたい。そう小さな声で呟いた乱馬は、そっと目を閉じた。その閉じられた瞼の隙間から、一筋、きらりと光るしずくが零れおちた。
…乱馬がラヴィに打ち勝ち、カードをすべて集めて「王」としての力を国民に見せる、そして禁断の「時の魔法」を操る剣を作ろうとしているラヴィから世界を守ろうとしていると信じている仲間たちの前では、決して口にしない弱音であった。
それを口にすることは、結果、ラヴィと同じことを乱馬が考えているということでもあり、見た眼が違うだけで、中身は魔物と同じだということだからだ。
案の定、そんなことを呟いた乱馬に対し、

ヴヴヴヴヴ…ヴヴヴヴヴ…

普段は何の反応もしない、腰につけているカードフォルダの中のカードたちが小刻みに震え始めていた。
カードは、弱気人間の心に入り込み精神を蝕む。
普段の乱馬ならば、生まれついての素質のせいも、そして強い意志や心ゆえにカードに反応されることはない。むしろ、このカードたちをうまく操るのが本来の彼。
ところが今は、私利私欲のためにこのカードを利用するラヴィとなんら変わらないことを呟いた。
カードたちにしてみれば、弱い人間の精神を蝕むチャンスなのだ。

と。

そんな乱馬の濡れた頬に、そっとあかねが小さな手で触れた。
乱馬がはっと驚きあかねを見つめると、
「…好きなのでしょう?」
「え?」
「その方のこと。本当に、好きなのですね…だったら、何かの力に頼って取り返すことを考えるより、王子自身の力で、その方を再び王子自身の元へ呼び戻すべきです」
「俺の…力…?」
「確かに、禁忌を犯して時の魔法を使えばその時、へ戻れるかもしれません。でも、今の王子がその時へと戻っても、もしかしたら別の結論を見いだせないかもしれない…未来は、予測できない」
「…」
「だったら、痛みを知り、その方への気持ちの強さを知り、大切さを十分に感じている今のままの王子が、きっとこの世界のどこかにいらっしゃる…んですよね?その方を迎えに行って差し上げてください」
「…」
「この世界を闇に包もうとしている方と王子が同じことを考えているなど知ったら、その方、悲しみますわ。それに…」
それに、きっとその方もまた、王子と会えるのを待っている気がします。あかねはやさしく微笑みながら乱馬にそう呟いた。
とてもやわらかく、そして暖かい笑顔だった。

…あかね。

その瞬間、ドクン、と乱馬の胸が強く大きく鼓動した。
その鼓動にいざなわれるかのように、自分の頬に触れていたあかねの手をぎゅっとつかむ。
「お、王子…?」
勿論、突然手をつかまれたあかねにしてみれば、驚いてその手をやさしく振りほどこうとするが、
こういう時に「〜してはいけない」「〜してはだめだ」などという理性なんて、非常にちっぽけなものになる。
…ずっと、会いたかった。今度会ったら、二度と離したくないと思った。
でも再び出会えると信じてここまで来て、ようやく会えたと思ったら、自分の記憶などなくなっていた。
それでも、何とかして思い出させたい。何とか二人で話したい…そう思って、こうしてチャンスを狙って時間を作った。
だから、
たとえ今、情けなく弱音を吐いている自分を励ますためにあかねが同情で微笑んでいるとしても、
以前と違い特別な愛情が籠められていない笑みであっても、
今二人でいるこの時間だけは、この笑みは自分にだけ向けられている・・・そう思ったら、たまらなかった。
「…」
考えるより、本能的に手が動く。
乱馬は思わず掴んでしまったあかねの手の指にそっと頬ずりした。
ビクッ、とあかねが身をすくめた。一瞬あかねがその指を乱馬から離そうとしたが、乱馬がそれを許さなかった。
…ああ、もう今すぐにでも、「これはお前のことなんだ」と目の前で叫んでしまいたい。
叫んでこの手で強く抱きしめて、もう二度と離さないことを誓いたい。
今すぐにでもすべて投げ出して、二人でどこかに行ってしまいたい…そんなことさえ、乱馬の脳裏によぎる。
もちろんそんなことなんて出来ないのは分かっているのだが・・・
「…ひとつ、お願いがあるのですが」
乱馬は、そっとあかねの指を離した。そして小さな声であかねにつぶやく。
「…なんでしょうか?」
オレンジ色のやわらかなランプの明かりの下、あかねが自由になった指を胸の前できゅっと抱きながら、乱馬に静かに答える。
その表情は、揺れるランプのせいでうまく読み取れないが、戸惑いがあることだけは確かだろう。
「…」
乱馬は、あかねに次の言葉を投げかける前に少し躊躇していた。
だが、強く体にリズムを刻みこんだ胸の鼓動が、気持ちをセーブさせるのを邪魔をする。
意を決した乱馬はあかねに静かに語りかけた。
「一度だけ…抱き締めさせてくれませんか」
「!」
「もう、こんな無理なお願いは絶対にしない!貴方が、もうこんな風にここで話をするのはやめた方がいいというのなら、それにも従う!だから…」
だから、一度だけ。乱馬は目の前で戸惑っているあかねをじっと見つめる。
当然のことながらあかねは、乱馬の突然の申し出にさらに戸惑いの表情を見せていた。
あかねにしてみれば、
どう言う事情なのかは知らないけれど、乱馬には許婚がいて今は離れている。
彼は、その許婚を強く思っている。
離れた時になにやら事情があるみたいだが、彼はそれを非常に後悔をしていて、そして再び出会うことをかなり強く思っている。
…このどこをどう考えたら、その許婚以外の女性を抱き締めさせてくれ、ということになるのか。
寂しいから、なのか。
それとも、体の傷を光の魔法で癒すように、心の傷も光の魔法で癒してほしいということなのか。
でも心の傷など癒したことはないので、願われても出来ないけれど…。
「…」
あかねはそんなことをあれこれと考えていたが、次にした自分からの質問の答えを聞き、自分なりに納得をした。
「王子、許婚の方はちなみになんていうお名前なのですか?」
「…」
「あ、答えたくないのでしたら構いませ…」
「…あかね」
「え?」
「あかねと、言います」
「そうでしたか…」
…ああ、きっと許婚と同じ名前の自分に出会って、色々と彼女の影を重ねていたのか。
だから、こんな風に二人で話をすることに対して躊躇しなかったり、突然「抱き締めさせてほしい」など言い出したのか。
実際はもっと複雑な事情があるのだが、何も知らない今のあかねは、自分なりにそう解釈をした。
むげに突き放した方がよいのだろうか。でも、それができずにいるあかねが、そこにはいた。
「…では、一度だけ」
「…」
「一度だけなら、この身体、王子の腕にお預けします。次は、今は離れていらっしゃるその方を王子の腕に抱けますように」
…例え、乱馬が抱えている事情を今、こうしてあかねがうわべだけでも知ったとしても。
もしも乱馬が、誠実な性格でなければこのような提案は飲まなかった。
乱馬のことは、まだこの里で出会って二日しかたっていないのでよくは分からないが、
いい加減な気持ちで、軽い気持ちでこんなことをいう人物には思えなかった。
勿論、しょっちゅうこんなことを言われても快諾はできないが、
二人でこうして話し、涙を見てしまったこの状況くらいなら一度きりなら許してやろうと、あかねは思ったのだ。
遠く離れているという許婚を思って、同じ名前の、別の女の身体を抱きしめる。
よほどのことなのだろう…というより、一体その許婚との間に何があったのだろうか。
聞きたいけど、今はとても聞ける雰囲気じゃない。今度聞いたら、教えてくれるだろうか…。

そんなことを思いながらあかねは、目の前の乱馬の顔をじっと見つめた。
乱馬はそんなあかねに対し、「ありがとう」と小さな声で呟きしばらくじっと、あかねを見つめていた。
絡み合う視線、お互い言いたいこと、聞きたいことは胸の中にはあふれているのに、それを口に出すことははばかれるような気がした。
と。
何を思ったか、乱馬がいったんあかねから目をそらし、手を、書庫をやさしく照らしているランプへと伸ばした。
そして、フッ…と、そのままランプの灯りを手で払うように消してしまった。
おかげで、書庫の中は闇となる。外にかろうじて星や月が出てはいるが、書庫を十分に照らすほどの明るさはない。
「王子…?」
勿論この行動に驚いたあかねは、真っ暗な闇の中にいる乱馬に思わず問いかけるが、
「…他の光はいらない」
乱馬はそういうが早いか、あかねの身体に手を伸ばし、思いきりぎゅっと、その身体を抱き寄せた。
「っ…」
びっくりするような強い力だった。あかねは思わず身体を捩じらせ腕からいったん逃げようとするが、乱馬はその腕を絶対に離してはくれなかった。
他の光はいらない、とはどういう意味なのだろう…あかねは少しそれが気になったが、
自分の身体に急激に伝わる乱馬の体温と、そして頬をくっつけている胸から伝わる彼の鼓動にその疑問もすぐにかき消される。
華奢な身体を抱き寄せる腕は、とても熱くて、そしてしっかりしていた。
逃げようとしても逃げられないくらい強い力だというのに、不思議と嫌悪感などは全くない。
それどころか、
「…」
…王子に出会って間もないし、こんなことされるのは初めてだというのに。不思議と妙な気持ちになる。
この気持ちの正体は何だろうか。懐かしい、とでもいうのか。
懐かしいも何も、出会って間もないというのに、そんな気持ちを抱くことが不思議だ。
あかねは腕の中でそんなことを考えていた。
と、そんなあかねの耳元で乱馬が一言、小さな声で囁いた。
そしてそのまま、更に強い力でぎゅっと、あかねの身体を抱き寄せる。
あかねは、されるがままにその腕の中でじっとしている。

あかね…

たった今、乱馬は、そう囁いた。
その言葉を聞き、強く抱きしめられたあかねは、
頭の中で瞬時に「今は遠くにいるという許婚のことを思い出してその名を呼んだのだな」と理解したつもりであった。
だから、こうしてじっと、されるがままに腕の中でおとなしく抱かれているつもりだった。
乱馬が今頭の中に思い浮かべ心の中をいっぱいにしているのは、心が遠く離れてしまったという、彼の許婚の「あかね」のこと。
それが分かっているはずなのに、
「…」
…よくわからないが、今、乱馬の腕の中にいるあかねの瞳からは幾筋の涙が流れ始めた。
乱馬のことを同情して、自分は涙を流しているのだろうか?
あかねは、自分がいま、こうして流し始めた涙の意味を色々と考えてみた。
でもどんなに考えても、自分の涙の意味はどうしても理解することが出来ない。
ただ・・・この涙は、同情とか、嫉妬とか、そういうものだけではない気がする。
もっと、心の奥から…そう、それこそ自分の知らない何かが、涙を流している気がする。
自分の中にいる、そう、「誰か」が、流しているかのような…。

…ランプの明かりを消してくれて良かった。
乱馬はともかく、なぜ自分も涙を流しているのかの説明ができないあかねは、そんなことを思っていた。
しばらくは月明かりと星明かりだけが差し込む書庫の中で、あかねはその身を乱馬の腕の中に不思議な思いのままゆだねていたのだった。

そして。
一時は乱馬の弱くなった精神を蝕むべく反応をしていたカードたちであったが、
いつの間にか乱馬のカードフォルダの中で元通りに戻っていた。
ランプの明かりを乱馬が消したのと同じように、あかねの笑顔に触れ、あかねの言葉が乱馬の言葉に届いた瞬間、
二人は気付かなかったが、白い光があしき反応を始めたカードを包み込み、そしてその反応をかき消してしまったのである。
心なしか白い光に包まれたカードたちは、その絵がらがカードフォルダの中で穏やかな表情を浮かべているかのようにも感じられた。


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