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決意

時がたてば人は変わってしまうというのに、空に浮かぶ月や星はどこに居ても輝いている。
セルラ大陸で見上げた空も、レイディア大陸で見上げた空も、そしてこのウィスタリア大陸の偏狭の地で見上げた空も。
乱馬の瞳には大きくそして果てしなく広がって映っている。
ただ、闇の深さをずっしりと心の中に感じるのは、隣に居るのが当たり前だった存在が欠けているせいなのだろうか。
空に浮かぶ月が円ではなく弓形を描いているように、自分の心の中もぽっかりとその部分が失われている。
空の月はやがて時間がたてばその形を満たしていくだろう。だが、自分の心が満たされるのは一体一の事なのだろうか。
・・・
食事が会が終った日の深夜。
乱馬は部屋で身体を休めることなく、癒しの里中央にある教会から外に出て一人、そんなことを思いながら空を見上げていた。
食事会自体はとどこおりなくなく終了し、
「今日はもう、遅い。また明日、この里にある宝についても含め話しをしましょう」
乱馬達の体調も考え、神楽からもそのように諭されて、明日、改めて神楽と話をする事になった乱馬達。
あかねをどうするかについても、話しをしなくてはいけない。
乱馬としては体調など気にせず話をしたかった。だが、仲間のことを考えるとそうもいかない。
それに話を聞いたところで、その話を深夜に、コロンへと通信するのも説明する事が多すぎて時間がかかるだろう。
だとしたら、無理になんでもかんでも今日進めるのではなく、
明日にすればよい・・・と、それぞれが教会内にあてがわれた部屋へと戻ることにしたのだが、
「・・・しかし乱馬よ」
神楽と話をするのは明日にしても、その前にそれぞれが得た情報を皆で共有をしておいた方がいい。
そう思い、みなで一つの部屋に集まることにしようと決めた一行。
しかしその話を始める前に、良牙が乱馬に向かってそうつぶやいた。
・・・そう。
食事会自体は滞りなく終了したが、乱馬は実際にはその食事会には参加していなかった。
乱馬は、タクトと小さな言い争いをした後、会場を出て行った。
そしてそのままほぼ外に出てぼんやりと考え事をしていたのだ。戻ってきたのは、食事会が終わる時。それも、シャンプーが呼びに行かなければ自分で戻ってくる気配もなかった。
良牙はそのことを口にしたのだ。
もっとも、良牙とて乱馬が食事会に参加しなかったことだけを表面的に注意しているわけではない。
なにぶんあかねの事が関わるとなると、乱馬は冷静で居られなくなる。
きっと外へと出て行ったのも、タクトと言い争いをしたことで気分を害したせいだけではない。あかねと真之介の姿を目にしたくなかったからだというのも、分かっていた。
心が不安定で、自らの行動を制御することが出来なくなるのが多くなると、戦いの場ではそれが命取りになることがある。
あかねのことももちろん分かってはいるが、それと並行して旅は続けていかなくてはならない。
これからのことを考えると、今の状態の乱馬は危険そのものだ。
そういう意味を込めてあらかじめ、良牙は乱馬に喚起をしておこうと重い口を開いたのだが、
「・・・」
言っているそばから、心ここにあらずの乱馬は、ふいっと部屋から出て行こうとする。
「乱馬、どこいくか!今から皆で今後の行動について相談するあるぞ!」
良牙だけでなく、シャンプーも心配して慌てて声をかけるも、
「・・・悪いけど、明日神楽と話す前に今夜の事、俺に報告してくれないか」
「で、でも今皆で話を聞いた方が対策も練れるある・・・!」
「頼む」
乱馬はそんなシャンプーの話を背で受け流し部屋を出て建物の外に出てしまった。
「乱馬、待つよろし!乱馬っ・・・」
・・・シャンプーは、出て行ってしまった乱馬を、廊下まで追いかけて呼び止めようとするが、彼が戻ってくる気配はなかった。
「乱馬・・・」
・・・今の、乱馬の様子。
あれは、あかねが生存をしている可能性があると、ミコトの手紙で知る前の乱馬と同じ。
まるで生きながら死しているかのような、希望の光を見出せないかのごとく。
・・・
「乱馬・・・」
シャンプーがそんな事を思っていると、
「・・・今日は仕方がないじゃろ。あやつは王子ではあるがその前に一人の人間じゃし」
「ムース・・・」
「自分の婚約者が、他の男の元におったんじゃ。それも、全ての記憶をなくして。必死で追いかけてきた分、ショックが大きいんじゃろ」
ムースが、シャンプーにそう語りかける。それに対してシャンプーは勿論、良牙も何も語らない。
いや、語ることが出来ないのだ。
あかねの行方が分からなくなった時、命も顧みず冷たい海に飛び込んでその場所まで行き、体力の限界を越しても何日も何日もその場所で捜索をして。
手がかりを掴んだら、ただひたすら再会する事だけを信じて。それでここまで進んできたのだ。
それが・・・やっと再会できたのに、出会った彼女は自分のことを全て忘れていて、
あまつさえ別の男に守られるように、生きていた。
例えその男との間に、やましいことなど何もなかったとしても、
彼女に触れる事すら本来ならば耐えられないことなのではないか。
叫んで、主張したところで彼女がそれを思い出すことはない。
どんなに強い力を持って彼女をたとえ強引に手に入れたところで、心まで戻ってはきてくれない。
彼が欲しいのは、あかねの「姿」ではない。
「心」。
行方不明になる前と同じ「あかね」が、欲しいのだ。
本当に消えたあかねと同一人物なのか、といわれると、ほぼ9割9部間違いないのだが、
残りの1分、別人であるという可能性がいっそのこともっと強ければよかったのに。
そうすれば、こんな残酷な思いをする事はなかったのに・・・皆口には出さないが、そう思っていた。
「・・・とにかく、乱馬には明日報告するとして、じゃ。シャンプー、昼間タクトに案内してもらった里の様子を話してくれ」
・・・そんな思いを一瞬でも払拭するべく、ムースがシャンプーに話を切り出した。
「・・・わかたある」
本当は複雑な思いが胸にあり、穏やかに打ち合わせなどしている気分ではないのだが、
時間は待ってくれはしない。明日になればコロンに報告をしたり、神楽から新しい情報が入ってきたりして混乱するのは目に見えている。
「まずこの里のことあるが・・・」
シャンプーは良牙と示し合わせると、今日の昼間、乱馬達があかね達と会っていた間にタクトから仕入れた情報をムースへと話し始めた。
「おい、右京」
「え?あ、なん?」
「何?じゃねえよ。打ち合わせ始めるんだから、ぼーっとしてねえでてめーも来い」
「ご、ごめんごめん」
その際、良牙がそれまで一人はなしにも加わらず、ぼーっと窓の外を眺めている右京に声をかけた。
良牙の声に右京は我に返ったように答え、みなの元に加わり打ち合わせに参加をするが、
その表情はどことなく強張っている。無論、そのことに気付いていたものは誰も居ない。
そして、そんな右京の眺めていた窓の外、教会裏の木の陰に、
「・・・」
・・・例の不気味な僧侶風の男が笑みを浮かべてたっていたことなど、右京の他に誰も知る由もない。



吐く息を一瞬で氷の粒に変えてしまうかのような、凍てつく夜。
まるで、凍りついたこの自分を取り巻く状況を表しているかのよう。
そんなことを言うと詩人みたいで何だか癪に障るが、
でも今のこの状況を語るにはちょうど良い言葉かもしれない。
モヤモヤする思いを胸に抱きながら空を見上げる乱馬は、そんなことを思っていた。
こうしてこのようにしていても、何の状況が好転するわけではない。
でも、どうしてもやりきれない。
ミコトが占いで示していたように、乱馬が「光」を再び取り戻す為には、相当な行程を歩まなければならないのかもしれない。
覚悟は、ある程度していたつもりだった・・・でも。


『貴方は・・・誰?』
乱馬と再会した瞬間、
あかねが口にしたあの言葉が、あの怯えた目が、忘れられない。


誰、って何だよ。
俺、お前の婚約者なんだぜ。
それにお前は、俺の・・・俺のあかねなのに。なのに、「誰」って何だよ。
・・・


そんな思いが身体中から溢れていく。
勿論記憶を失ったあかねが悪いわけでも、それを守っている真之介が悪いわけでもない事は承知している。
副作用はあれど、あかねの命が救われたことは嬉しい。それも事実だ。
でも・・・
「・・・」
・・・あかねが、遠くに行ってしまったような気がして。
物理的にではなく、心が、遠くに言ってしまった気がしてならなかった。
あの時手を離さなければ、あかね自身も、そして彼女の記憶も心も、自分は・・・。
「・・・」
乱馬は空を仰ぎながら大きく息を吐く。
吐いた息が、目の前で広がる闇を曇らせる。
瞳が上記でかすんでぼやけるのか、それとも別の理由でぼやけてみえるのか。
それを考える余裕が今の乱馬には全くなかった。


と、その時だった。


「・・・こんなところで、何をしてらっしゃるのですか?」
聞き覚えのある透き通った声が、背後から聞こえた。
乱馬がはっと我に返り声のした方向を見ると、
「遠くから、いらっしゃったのでしょう?休まれなくてよいのですか?」
そこに、真っ白い法衣のようなワンピースにふんわりとした厚手のショールを肩にまとった美しい娘が立っていた。
月に映える白い肌も、艶やかな短めの髪も、見覚えのあるもの。
そう、あかねである。
「月・・・」
「え?」
「月、お好きなんですか?先程からずっと、見上げていらっしゃったから・・・」
屈託のない柔らかな笑みを浮かべ、あかねが乱馬の隣に立つ。そして、自分も乱馬と同じように空を見上げてみせた。
「・・・貴方こそ、こんな時間に何をされていらっしゃったんですか」
・・・以前は、二人で居るときにこんなかしこまった話し方をしたことなどなかった。だいたい、あかねと初めてあった時だって、あった途端に普通に話し始めたくらいだ。
他所の王族や来賓に話をしているかのような、こんな言葉に違和感を覚えつつも乱馬がそう問いかけると、
「調べ物をしていました。気付いたらこんな時間に・・・」
あかねは、困ったように微笑んでそう乱馬に答える。
「調べ物?」
「ええ」
「・・・アイツも一緒に、ですか」
「アイツ?・・・ああ、真之介の事?」
「・・・」
乱馬がその質問には何も答えずにいると、
「私が今夜、調べ物をしていることは真之介にも内緒にしているの」
「え?」
「一人で・・・調べたい事があったから」
あかねはふっと表情を改めてそういうと、乱馬を見つめた。
「・・・」
癪に障るけれどいつも傍にいる真之介にも内緒で、一人で調べ物?
一体何を調べていたのだろうか。
乱馬はそれをあかねに尋ねようとしたが、
それよりも時間的には深夜、真之介にも内緒でこの教会で調べ物をしていたとなると、あかねはこの後一人であの里の外れにある屋敷まで帰るということなのだろうか。
薄暗い林を抜けて、いくら魔物や外界から切り離された場所であるからといえども、何もないとは言い切れない。
「・・・とりあえず、歩きながらお話を伺いましょうか」
「え?歩くって・・・」
「お屋敷までお送りします」
「私ならば一人でも帰れますわ」
「いえ・・・このような時間に女性を一人で帰すなど出来ません」
「・・・お優しいのですね」
あかねのその言葉に、乱馬の胸の奥がきゅっと、苦しくなった。
しかしそれを悟られまいと平然を装いながら、彼女をいざなうように歩き出す。
あかねもそんな乱馬について歩き始めた。
二人はゆっくりと、月明かりだけのさやかな夜道を、進んでいく。


・・・きっと今までどおりの二人ならば、
「夜道は何があるか分からない」
とかなんとか、理由をつけて乱馬があかねの手をとっても、あかねもただ笑うだけでその手を離しはしないだろう。
尤も今の二人ではそのような事は出来ない。
隣を歩きながらも、油断をするとすぐに取ってしまいそうな手を傍に置くまいと、乱馬はわざと、腰に差している剣に手をやり、反対側の手をポケットに突っ込んでいた。
微妙に距離感を持ちながら道を歩いていく、二人。


と、その内、


「王子は・・・寂しいと思うことはないのですか?」
それまで何も語らずに居たあかねが、不意に乱馬にそう尋ねた。
「寂しい・・・?」
「王子には、遠い国に残していらっしゃったご家族がいらっしゃるのでしょう?長く会えないと、やはり寂しいとは思いませんか?」
「いや、いつでも通信できるし・・・」
「通信?」
「ああ、えっと・・・」
乱馬は、あかねにカードフォルダでの通信やコロンとの定期的な魔法通信の話をあかねにした。
本来ならば状況を知っているはずのあかねに改めてこんな話をするのはいかんせん妙な感じだが、それはそれで仕方がない。
「そういえば旅のお仲間には魔道士の方もいらっしゃるんですよね・・・魔法ってとても奥深いのですね!」
魔法の話をし、仲間達のそれぞれの特徴、そしてこれまでの旅での色々な出会いや別れ。


もちろん、あかねが途中までともに旅していたことは巧い事割愛して話しているわけだが、


そんなことを知らないあかねは、乱馬の話を聞いて素直に感動している。


乱馬にしてみればそれも何だか妙な感じなのだが、勿論どうにもする事ができない。
なので、再び魔法の話しに戻すべく、こちらの話しから少し話題を変えようと、


「あの神楽って里長だって、すごい魔道士ではないのですか?」
引退しているかもしれないけど、あれは只者ではない・・・少し気になっていた神楽にことを、少し含めた言い方であかねに投げかけてみた。すると、
「そう、みたいですね・・・」
あかねは急に少し寂しそうな瞳をしながら、そうぽつりと呟いた。
何故、そんな瞳をするのだろうか。乱馬が不思議に思っていると、
「・・・私が一命を取り留めた後、私は真之介に守られるようにずっと、過ごしておりました」
「・・・」
「真之介の話によると、神楽様は、私が薬のせいで記憶を失った事を悔やまれているようなのです。自分達里のものの力が足りないから、このようなことになったと・・・決してそんなことないのに」
「・・・」
「だからといって、神楽様に虐げられているとかそういうのではないのです。逆に、ずっとこの里に居てよいといわれているの」
あかねはそこまで呟き、口を閉じた。
「・・・」
乱馬は、そんなあかねの様子を何も言わずに見守っている。
・・・今の話を聞く限りだと、かなり癪に障るがあかねはこの里で酷い目にあっているわけではなく、むしろ大切にされているのが伺える。
あかねの身を案じていたから、それはそれで乱馬の胸をほっとさせる。
だが、それなのに何故、あかねはこんなに寂しそうな瞳をするのだろうか?
「・・・では何故?」
「・・・え?」
「では何故、そのように寂しそうな瞳をされるのですか」
あかねが嬉しそうにしていれば、自分も嬉しくなる。
だけれど、あかねが寂しそうにしていたり悲しそうにしていると、同じように胸が苦しくなってしまう。
「里の物に守られて、そして・・・その、アイツにも・・・なのに、何故そのような瞳をされるのですか」
乱馬は歩みを止めて改めてあかねにそう尋ねた。
あかねも、そんな乱馬の言葉に歩みを止めて乱馬を見つめる。


・・・サワ・・・
二人の間に、静かで冷たい風が一筋、取りぬけた。
あかねが身にまとっている白い法衣のようなワンピースの裾が、そして絹のように柔らかな髪が、ふわりと風に舞う。


「・・・私は別に、寂しそうになんて…」
あかねが、風になびく髪を軽く指で梳き戻しながらふっと乱馬から顔をそらし、そう呟いた。


「・・・」


・・・ホントは寂しがりで、泣き虫で。それなのにすぐ、強がる。
強がる時は決まって、そうやって俺から顔をそらして泣き出しそうな顔や泣きはらした目を見せないんだ。
今だって、こうやって・・・


「・・・」
目の前にいるのは、乱馬が知っているあかね。
あかねが寂しそうだというのに。きっと何か心細いことがあって、心が不安定なんだというのに。
それなのに、抱き寄せることも出来ないのか・・・そう思うと、乱馬の心は更に苦しくなる。


「・・・」
乱馬は一瞬考えて目を閉じたが、
「お、王子?」
「そ、その・・・俺の、あ、いや私の国ではその、寂しい時や不安な時はこうすると少しは心が穏やかになると言う伝説があって、その・・・」
考えるよりも、手が先に動いてしまった。乱馬は顔をそらしていたあかねの、髪を梳いていない方の手をむぎゅっと掴むと、とってつけたような言葉をぼそぼそと呟いた。
もちろん、今日あったばかりで少ししか口も利いていない・・・と思っているあかねにしてみれば、夜道でいきなりこのように手をつかまれたりしたら驚いてしまうわけだが、


「・・・」
・・・普通ならば、「離せ」と振り払うのが常識なのだと思う。
でも、何故だろうか。
確かに驚いたし、離した方がよいとは思った。でも、振り払う、とかそういうのではなくて、
無造作に振り払えない「何か」を、あかねは今自分の胸に感じていた。
その「何か」が何なのかは分からない。
ただ、その「何か」は自分の中に正体不明なものを残す・・・
・・・


「・・・」
あかねは、乱馬が掴んだ手をそっと優しく離すと、その手を自分の両手で包みこむように抱いた。
「!」
あかねのその動作に乱馬が驚いた表情をすると、
「ありがとう、王子・・・王子は本当にお優しいのですね」
「え、あ、俺、いや私は別に・・・」
「ほんの少しですが、王子が私の手に触れてくれたおかげで、気持ちが穏やかになりました。ありがとうございます」
あかねはそういって、乱馬に対しやわらかく微笑んだ。
その笑みからは、先ほどまでの寂しそうな影は薄らいでいるかのように見えた。
もちろん、完全にその様子が消えたわけではないので、乱馬は手を包まれたままその表情を思わず曇らせてしまう。
あかねはそんな乱馬に対し「ありがとう」ともう一度やわらかく微笑むと、

「私、知りたいのです。どうして私が、酷い怪我をして海に流されたのか。私はここに来る前、どこで、何をしている者だったのか・・・」
「!」
「私に残された『私』の手がかりは、私に身についている不思議な力と・・・わずかな所持品だけなの。だから私、教会の書物庫に何かこの力の手がかりがないかと思って、調べているのです。真之介に秘密なのは、彼や、神楽様たちに余計な心遣いをさせたくないだけなの・・・皆は、本当に良くして下さっているから。でも、私知りたいんです」
だから、このことは王子と私の秘密にしてください。あかねは乱馬に対しそう念を押すと、そっと手を離した。
「・・・」
手のぬくもりが、離されても尚、手にしっかりと残る。
離したく、ねえなあ・・・
乱馬はうっかりとそう口にしてしまいそうな自分にあわててブレーキをかけ、小さく頷いた。
あかねはそんな乱馬に対して、ほっとしたように微笑む。
その笑みの柔らかさに、乱馬は大きく胸を鼓動させた。思わず照れてしまって、今度は乱馬が顔を背けた。
あかねはそんな乱馬を楽しげに見つめていた。
さすがに乱馬は居心地が悪いので、
「と、ところで・・・貴方が持っていた、わずかな所持品とは?」
何とかしてこの場を凌ごうこと、話題を変えるべく先ほどのあかねの話から内容を発展させてそう口にした。
が、


「ああ・・・一つは、何か棒のようなもので、家においています。あとは…これですわ」
「!それっ・・・」
「これ・・・浜辺に流れ着いた時、私が手に握っていたものだそうです。意識もなく動けないのに、これだけは手に握って絶対に離さなかったんですって・・・きっと『私』にとっては大事なものなんだろうって、神楽様たちが言っておりました。これが私にとっていったい何なのか、私には良く分かりませんが・・・でも神楽様たちが言うように、きっと大切なものなのでしょうね。もしかしたらこれを大切にしていれば記憶をたどるきっかけにもなるかもしれない。だから、こうして身に着けているのです」
あかねがそういって何気なく乱馬に見せたもの。それに乱馬は目を奪われ、言葉を失った。


・・・あかねが、乱馬に見せたもの。
それは、月明かりの下で、少しだけ革がよれてしまってはいるが綺麗に発色をした「赤いブレスレット」であった。


『私・・・乱馬からもらったブレスレットも、大事にする。ずっとずっと、持ってる。これだけはどこにいても絶対に手放さないって約束するから・・・』


その瞬間、
ヒルダの街の港で、プロポーズの返事には答えない代わりに、あかねが乱馬に約束した言葉が、乱馬の頭の中に鮮明によみがえった。


「・・・」


不思議な運命にいざなわれ、ラビィの手から逃れはしたが酷い怪我を負った。
命と引き換えに記憶を失って、一人遠い街で暮らす。
俺がこうして迎えに来ても、俺が「俺」だとわからねえ。自分が、「俺のあかね」だとも分からない。
皆のことだって、全然わかんなくて、こんな風に他人行儀で話なんてしちまうっていうのに。
なのにお前、


「・・・」


・・・俺と最後にした約束だけは、守っちまってるんだな。
それだけを握り締めて冷たい海を漂って・・・ここに流れ着いて。
俺のこと分かんなくて、そればかりか記憶だって失っちまってるのに。
それがどんな意味のあるブレスレットなのかだって、良く分かってないのに。
でも、それでもそれを・・・
・・・


「・・・そのブレスレットを・・・」
「え?」
「そのブレスレットを・・・私に少し、見せてくれませんか」
乱馬は、胸にこみ上げる何かを感じながら、静かにあかねに尋ねた。
自分でも、そうたずねる声が震えているのを感じていた。必死に装っても、その震えはどうしてもとまらない。
あかねはそれを少し不思議そうな顔で応じるも、素直に自分の手にはめられたブレスレットを乱馬に差し出すように見せる。
乱馬は、そのブレスレットに触れてデザインや素材を確認する。
それは間違いなく、自分があかねに買ったブレスレットだった。
世界で二つだけのペア。一組はラビィに殺されてしまったカップルが購入したようだったが、
もう一組は乱馬が購入して、あかねに片方を渡した。
そして自分の分のブレスレットは、あかねには分からないだろうが今、乱馬の袖の下で手首に巻かれている。
「・・・珍しい素材のものですね」
「まあ、そうなのですか?」
「きっとこれは・・・世界で一つか二つのものでしょう。こういうのはペアで、通常売られるものですから・・・」
「そうなのですか・・・ではもしかしたらこのブレスレットの片割れを持っている方に出会えたら、『私』のことが何か分かるかもしれませんね」
「そう・・・ですね」
・・・今目の前にいるんだけどな。
喉元まで出掛かる言葉を必死に押さえながら、乱馬は小さく呟いた。
「明日にでも、里の中にある店の方に聞いてみます。これがどの街で売られていたものかでもわかれば、何か手がかりがつかめるかもしれませんし」
一方のあかねはそんな乱馬には気づかずに、嬉しそうにそう呟く。
「やはり外からいらっしゃった方は博学だし、たくさんのことを知ってらっしゃるのね」
「あ、いや・・・」
「何か分かったら、王子にはお知らせしますわ」
あかねは嬉しそうにそう呟くと、乱馬に見せていたブレスレットを再び自らの服の袖の下に隠した。
そして、
「・・・王子、送ってくださってありがとうございました」
「え?あ、ああ・・・いや」
「家はすぐそこなので、もうこちらで結構です。送ってくださって本当にありがとうございました」
・・・気がつけば、もう里の外れの屋敷の前まで来ていた。
ここに来るまでには確か、木が生い茂る小道を真っ直ぐに進んできな泉の周りを歩く。
そこから更に木が生い茂る小道を進んでこなくてはいけないので、結構距離と時間がかかるはずだった。
この里についてから最初にここへときた時は、まだ着かないのか・・・と激しくジレンマを感じていたはずなのに、
あかねと一緒に歩いてくるとこうも時間を短く感じるのか。
神様というのは本当に意地が悪い。乱馬は心の中で舌打ちをした。
が、さすがに名残りおしいとはいえ今この状況で、あかねの屋敷に強引に上がりこむわけにはいかない。
「・・・それじゃ、気をつけて」
「はい。王子も、気をつけてお戻りください」
それじゃ、と、あかねは乱馬に一礼をして屋敷に戻るべく一度は乱馬に背を向けたが、
「あ・・・あの、王子」
「・・・はい」
「また・・・お話、聞かせてくださいね」
「え?」
「王子たちがこの里を出発されるまでにもう少し、お話できたらうれしいです・・・今夜、久しぶりに楽しかったから」
最後にあかねがそう言って、乱馬に笑顔を見せた。
月明かりのさやかな光の下で、艶やかな黒髪と白い肌が光り輝く。
乱馬の胸が再び大きく鼓動した。
「・・・はい」
何とか、短くそんな返事をする。それ以外のことを言おうとすると、すべてをあかねにぶつけてしまいそうだった。
あかねは、そんな乱馬の返事を聞き再び嬉しそうに笑顔を見せると、
「それじゃ」
今度こそ乱馬に背を向けて、屋敷の中に入っていった。
乱馬はその屋敷に明かりがともるのを見届けてから、再び教会への道を歩き出したのだが、
「・・・」
道を歩いていけばいくほど、胸の鼓動は高まっていく。
やがて、その激しい鼓動に耐え切れずに、乱馬は立ち止まった。
大きな泉の側であった。
乱馬は泉のほとりへと降り、月明かりにきらめく泉の水を手ですくう。そして、乱暴に何度も、自分の顔へとたたきつけてはこすって、を繰り返した。
ブレスレットのこと、あかねの言葉のこと・・・色々な要因がありすぎて、乱馬の血のめぐりが活発になっているのか。
冷たい泉の水に触れども触れども、顔の赤みも温度も下がらない。
「・・・」
今の乱馬は、あかねに「本当のこと」を主張できる状況じゃなくて、
そしてあかねが自分のことを思い出す確信もてだても分からなくて、いったいこの先どうしたらいいのかと、正直落ち込んでいた。
あかねに会える、あったらまた一緒にいることが出来る・・・それだけを信じてここまで来たがゆえに、突きつけられた現実にどのように対応していいのか分からず、混乱していた。
だけど、
「・・・」
・・・だけど、
たとえ記憶を失って、乱馬のことが分からなくなってしまっていても。
あかねは、約束を守っていた。
『私・・・乱馬からもらったブレスレットも、大事にする。ずっとずっと、持ってる。これだけはどこにいても絶対に手放さないって約束するから・・・』
それは、ほかの人から見れば些細な約束かもしれない。でも、乱馬にはとても意味のある大きな約束だった。
「・・・」
やはり、あかねとは繋がっているんだ。乱馬は、そう思った。
きっと、理屈ではない「何か」に導かれた。
そう、それはあかねが夜道で感じた「何か」と同じように・・・もちろん乱馬はそのことまでは分からないが。
光を求めるのなら、つらくても苦しくても信じて前に進むしかない。
乱馬は、ミコトが残した手紙のことをふと思い出した。
今の状況を抜け出し再び乱馬が光・・・すなわちあかねを取り戻すためには、やはり進むしかないのだ。
その、進むための「何か」を・・・わずかだけど乱馬は見つけた。
「・・・」
・・・考え込んでいる暇なんてねえ。
あれは、あかねなんだ。だったら・・・
「・・・」
どんなに時間がかかったって、遠回りしたって、俺があかねの記憶も、あかねも取り戻してやる。
俺は絶対に諦めない!


月明かりの下で再び泉から水をすくった乱馬は、その水を頭の上から勢い良くかぶった。
そして、
「うおおおおおおー!!!」
まるで、狼が遠吠えをするがごとく。
月が静かに輝く夜空に向かって大声で叫んだのであった。


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