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運命2

朝市で賑わうヒルダの街は、爽やかな光に包まれていた。
二人は何も言葉を交わさぬまま、前後に少し距離をとり、その中を歩いていく。
朝の漁で水揚げされた魚を炉辺で焼き売る屋台、パン屋の香ばしいパンの香り、そして瑞々しいフレッシュな取れたての野菜たち。
それらが並ぶ街は、きっとただ買い物をして歩くだけだというのなら、どれだけ楽しく画期的に映るだろう。
気分次第で、そんな明るく健全で楽しい光景もくすんでしまう事があるなんて。二人はそんな事を思いながらただ、ひたすら港への道を歩いていく。
・・・二十分ほど街を歩き、やがて二人は港の入り口へとやってきた。
海風に乗り、潮の香りが強い辺り一体。
さすが、レイディア大陸一の商業都市の海の玄関口ということもあり、朝も七時前だというのに人で混雑をしていた。
港の入り口には「乗船案内所」があり、まだチケットを持っていない人々に船のチケットを販売し、出港までの待合室として席やドリンクを提供するスペースもある。
その「乗船案内所」の建物の中に船の乗船口が併設され、そこでチケットを確認した後にそこから乗り込んでいくらしい。
その乗船口から先はチケットを持っている人々しか進むことが出来ないので、見送りに来た人々は、「乗船案内所」の左手に広がる堤防部分から、動いていく船を見送るようになっているようだ。
甲板に出れば、港に居る人々に手を振ることも声をかけることもできるらしい。
「・・・」
二人は人でわりと混雑している「乗船案内所」の中へと入った。
そして、待合スペースの隅に寄り、黙り込んでいる。
・・・時刻は、六時五十五分を指していた。
と、その内、

「八時出港のセルラ大陸行きの船に乗船される方は改札を開始いたします。チケットをお手もとにご用意の上、乗船口よりお進み下さい」

人で混雑している待合室内に、乗船アナウンスが流れた。
どうやら、八時出港の船は既に寄港しているようだ。
それに加え、出港一時間ほど前であるが、待合室や港自体が混雑しているのでそれを緩和する為に少々早めに乗船を認めたのだろう。
こういう時に限り、やけに回して欲しくない気を回されるものなのである。
乗船案内所内はアナウンスを受けてザワザワ、とどよめきが起きたが、やがて次々と船に乗る予定の人々が、乗船口に移動し始めた。
「・・・荷物、ありがとう」
・・・このままここで乱馬と何も言わずに並んで立っていても仕方が無い。
それに長く居れば居るほど辛くなるだけだ。
あかねは、何も言わない乱馬が手にしている自分の荷物を彼の手から取り返した。
そして、
「見送り、ありがとう・・・それじゃあ私、行くから・・・」
彼に対し一度だけ深く頭を下げると、ゆっくりと乗船口に向かって歩き出した。
と、
クイッ・・・
そんなあかねの荷物を持つ手が、急に乱馬によって掴まれた。
そして掴まれたかと思うと、かなり強引にその場にとどめられる。
「な、何・・・?」
進もうと思ったのに進めない。驚いたあかねが乱馬のほうを振り返ると、
「まだ・・・」
「え?」
「俺・・・お前にまだ話したいことが・・・」
「・・・」
「・・・このままじゃ、俺っ・・・」
乱馬はそういうが早いか、掴んだあかねの手を強引に自分の方に引き寄せると、そのままあかねの体ごとすっぽり、抱きしめてしまった。
・・・あかねが動こうとするまで、どうしても話しかけるきっかけや、勇気が出なかった。
医院を出るときに、荷物のことも話のネタとして聞いてみてそこから話をつなげようと考えていたくせに、実際にこの状況になるとそれさえも出来なかった。
でも・・・今ここでこのままあかねを行かせてしまったら、どうなってしまうか分からない。
自分がしたことに対し、きっとあかねなら「いつか」分ってくれる・・・お互いがお互いを思いあっていればこそ、離れても大丈夫だし、いつかは自分のしたことについてあかねが理解してくれるだろうと思い乱馬は行動してきた。
でも「いつか」なんて・・・不確定で不安定な未来だ。
分っていたはずなのに、「いつか」が「すぐ」じゃないと不安で仕方が無い。
ろくに話も出来ず、それにいつ来るのか分からない「いつか」をこのまま一人でずっと・・・あかねが理解してくれなければ永遠に待ち続けるのかと思うと、乱馬には耐えられなかった。
必死、だった。
もう、こうでもしなければ彼女と直接話すチャンスも、きっかけも持てないと・・・焦った乱馬がとった行動の結果が、これだった。
「ちょっ・・・人が見てるからっ・・・」
そんな乱馬に対し、あかねは焦った。
急に抱きしめられたので驚いたのは勿論だが、
乗船が始まっているとはいえ人で混雑している待合室の中、若い男女が抱き合っていたりすれば人目を引くに決まっている。
案の定、
「おー・・・やるねえ、兄ちゃん!」
「全く、最近の若い者は・・・」
「僕たちもちょっとああしてようか、虎子さん」
「そうね、河豚男さん」
・・・などなど、
朝っぱらには少々刺激的な光景に口笛や冷やかしこみで反応する人々の好奇心の目にさらされ、あかねとしては恥ずかしさと戸惑いで居た堪れない。
それに、数日前あのような事を言ってあかねを突き放したくせにこの行動は何?
あかねは彼の腕の中で抵抗をしながら混乱している頭を必死に整理しようとしたが、
「いいよ、人が見てたって!」
「よ、良くないわよ!急にどうしたのよ、乱馬!こんなの普段の乱馬らしく・・・」
「普段の俺って何だよ」
「え?」
「気まずいまましばらく離れ離れになるのを、受け止めるのが普段の俺なのか?あんな形で・・・伝えたかったことが伝わってないかもしれないまま放っておくのが普段の俺か!?」
「乱馬っ・・・どうしたの!?やっぱ何か変だよ、ねえっ・・・」
「・・・」
乱馬は「何も聞こえない」とばかりに、抱き寄せたあかねの体にぎゅっと力をこめる。
まるで、抱き潰されてしまいそうな力強さだ。彼はあかねを離すつもりは無いらしい。
・・・
「・・・」
・・・邪魔だって。帰ってくれることが一番良いって言ったくせに。
失敗を挽回するチャンスを求めても、そんなものを待っている余裕はないと突っぱねたくせに。
呆れられたかと思っていた。
邪魔だし、居るだけで乱馬にとって自分は迷惑だと・・・あの時感じた。だから、素直に帰ると返事をした。
それなのに・・・
「・・・」
どうして最後の最後で、こんな風に心に残る事をするの?
「・・・」
抱きしめられているその腕の中では、彼の鼓動と温度を十二分に感じる。
あかねは複雑な思いのまま、とりあえず乱馬が少し落ち着くまでそのまま大人しく抱きしめられていることにした。
・・・
それから、少しして。
ふとあかねが待合室の時計に目をやると、すでに七時を超えていた。
あかねは、乱馬の腕の中からそっと彼の顔を見上げた。
彼は何も言わず、少し翳りのある表情のままあかねを抱きしめて静かに髪や背中を撫でている。
優しくて、暖かい手だ。
それなのに・・・あかねは再び混乱してしまいそうだったが、しばらくじっと、彼の腕の中に留まっていた。
そうこうしている内に、ようやく気持ちが少し落ち着いたのだろうか。
乱馬があかねを拘束する力を少し弱め彼女を離した。
その代わり、あかねがまだ乗船口に向かってしまわないように、ぎゅっと・・・両手首を掴んでその場に留まらせる。
「・・・」
あかねが乱馬の顔をじっと見つめると、
「・・・いつか分ってくれると、信じようと思ったんだ」
「え?」
「あかねならきっと、いつか分ってくれるって・・・俺がどうしてあんな事をしたのか、きっと分ってくれるはずだからって・・・そう思ったんだ」
乱馬はそういって、繋ぎとめているあかねの手にぎゅっと力をこめた。
「・・・」
あんな事って、もしかしてこの間の夜の事・・・?
あかねは乱馬の手の力を感じながらじっと、話を聞いている。
「でも・・・最初にそうやって分っていたはずなのに、【いつか】は一体いつなんだろうって・・・そう思ったらすげえ苦しくなって・・・」
「・・・」
「もし、このまま分ってくれなかったらとか・・・あかねが、俺の旅の終わりを待っていないで、別の誰かに心が奪われちまったらとか思ったら・・・俺、あんなことまでしてあかねを国に帰そうとしているのに、その決心が鈍る・・・」
乱馬はそう言って、じっと自分を見つめているあかねの顔を見つめた。
その、真っ直ぐで真摯な瞳の光にあかねは戸惑った。
乱馬は、続ける。
「俺・・・国も、旅も、仲間も自分も大事だって思う。でも・・・俺自分よりも何より、お前のことが大事だって思っている」
「乱馬・・・」
「もしもお前が俺の事を大事に思ってくれて、俺の為に何かをしようとして今まで頑張っていたというのなら、それは俺にも同じことが言える。俺も・・・自分の命に代えてでもお前の為に何かをしたいと、思う。でも・・・だからこそ、思う。俺は、もっとお前に自分を大事にしてもらいたいって。俺の為に何かをしたいと思ってくれるなら、俺はお前に、自分を大事にして欲しいと思う。あんな・・・あんな傷だらけになっちゃだめだよ」
「!」
「・・・例えどんなに離れていても、前にも言ったとおり俺の気持ちは変わらない。普段頼らない神にだって誓うよ!俺の心は、今までも、今も、そしてこれからもずっと・・・お前のものだから。だから・・・今は国に帰って、身体を休めて治すことだけを考えて欲しい」
「乱馬・・・」
「旅の終わりまでお前が待っていてくれるなら・・・俺の方は、俺の気持ちは絶対に揺るがない」
「・・・」
「・・・俺さ、お前の性格熟知しているつもりであんな手使って強引に納得させたのに、結局こうして話しちまった・・・だったら最初からあんなことしないで、こうしてれば良かったかな・・・」
乱馬はそこまで話をすると、口を閉ざした。
・・・それが、彼の本心だった。
あかねが「いつか」分ってくれるまで黙っていようと思ったことだ。
でも、もうどうしようもなくこうしてあかねに全て、話してしまった。
あかねは一体これをどう思うのだろうか・・・そう乱馬が思っていると、 その内あかねは乱馬をじっと見つめながら一筋、また一筋と涙を流し始めた。
目の前であかねがこんな風に泣いているのは、紛れもなく自分のせいだ。
何でかな・・・守りたくて、どうしても傷つけたくなくて、そう思えば思うほど彼女を傷つけてしまう自分。
泣かせない為に、守る為に全てを捧げたいのに・・・すればするほど、彼女は傷ついてしまう。
「・・・ごめんな」
無力な言葉が口を出る。でも、口にしないよりはずっといい・・・。
また、大切な人を泣かせてしまった。ぎゅっと締め付けられるような思いで乱馬はあかねの涙をぬぐってやるも、あかねの涙はとどまることなく次々と瞳から溢れている。
「・・・」
乱馬は、片手ではぎゅっとあかねの手を掴み、片手ではそっと頬を包み涙をぬぐい続ける。
あかねはそんな乱馬の手に指で触れながら、ただ涙を流していた。
「・・・」
・・・邪魔だと。お前に何が出来ると。挽回を待っている時間もないと。
あの夜乱馬に宣告をされて以来、あかねは自分の存在意義も何もかもを見失いつつあった。
自分がみんなの為にと思ってやってきたことと、それに対して周りが感じていたことがあまりにも違いすぎた。
何より、乱馬の為にと今まで思っていたことは彼の邪魔にしかならなかった。そう思ったら、もう「帰る」というしかなかった。
そして、あとはいかに誰にも迷惑をかけずここから去るかばかりをずっと・・・考えていた。
一人になった時に起こる恐怖と寂しさと、精一杯向かい合っていかなくてはいけないと・・・一人怯えながら。
自分が居なくなることが一番乱馬の為になるのならば、そうしよう・・・そう思ってここ数日、過ごしてきたのだ。
でも、もし今彼が言ったことが真実だというのなら・・・
「・・・」
あかねが涙で濡れたままの顔を乱馬に向けると、乱馬はその頬を優しく撫でてから、あかねにハッキリとした口調で一言、問いかけた。
「・・・俺を・・・待っていてくれますか?」
「!」
乱馬の言葉が、あかねの胸にズン、と響く。
先ほどの彼の言葉が全て真実ならば、それを踏まえてこういった彼のこの言葉は・・・プロポーズと同じ。
「・・・」
あかねはそっと目を閉じ、涙を再び瞳から溢れ出しながら自分の頬に触れている彼の手に触れる。
・・・待ちたい。待っていてあげたい。
瞳から涙を溢れさせるあかねの心ではそんな思いが駆け巡っていた。
今すぐそれを、彼に伝えたかった。
そうしたいというその思いを、ちゃんと彼に伝えたかった。
でも・・・
・・・守れないかもしれない可能性の非常に高い約束を、しかもこんな大事な言葉に関して、する訳にはいかないと・・・そのことも、自分では理解しているつもりだった。
守れない約束で彼を喜ばせてその後に・・・
・・・
・・・それが果たしてよいことなのか?あかねにはどうしてもそう思えなかった。
そんなあかねに対し、
「・・・やっぱ、ダメかな」
「・・・」
「俺、あんなひどいことしちまったし・・・嫌、かな・・・」
どうして迷っているのかの本当に理由を知らない乱馬が、不安そうで寂しそうな表情でそう呟く。
そんな表情をしている方も、見ている方も辛かった。
「・・・」
・・・今。
「違うの・・・待ちたいの。あたしも待ちたいって思うの。でも・・・」
そんな風にして自分の抱えている事情を全て話すべきなのだろうか?
そうすればきっと彼は、今こうして触れているこの手を絶対に離さないだろう。
あかねを一人にすることはないし、このままここで旅自体を中断させてでも、あかねを守ってくれようとするだろう。
でも・・・そうさせてはダメなのだ。
そんなことは、将来一国の王になる彼の為にもならないし、
それにこの旅はもう、彼が途中でやめられるような範疇からだいぶ遠ざかり大きなものになりつつあるようだ。
・・・
話してはいけない。あかねは、自分自身に必死にそう言い聞かせて気持ちを押さえつける。
本当は、待ちますと答えてあげたい。

・・・好き。

声に出してはいけない思いが、代わりに涙となってあかねの瞳から零れ落ちる。
「・・・」
そんな、プロポーズに対しただ泣くだけで答えないあかねを、乱馬は不安そうな表情でじっと見つめている。
時が経てば経つほど、乱馬の不安な心は駆り立てられていた。
待つとも待たないとも答えてはくれないあかね。
その代わりただずっと、泣いている・・・この涙の意味は何なのだろうか。
待ちたくないと、答えづらくて泣いているのか?少なくても喜んで泣いているようには見えない。
断りづらくて、どうしたらいいのか分らずに泣いているのか・・・もしそうだとしたら・・・
「・・・」
やっぱり、あんなことしないで最初からきちんと話せばよかったのかな・・・。
そう考えると、乱馬も胸がぎゅっと苦しくなる。
それと同時に、一気に不安のモヤが胸を満たしていった。
と。
そんなあかねに対し、それまで泣いているだけだったあかねが、触れていた乱馬の手から指を離し、乱馬に向かって手を差し出した。
あかねが乱馬に差し出したのは左手だった。
彼女の白くて細くて華奢な中指には、以前ムースがあかねに作ってくれたというカイルリングが依然として嵌まったままだ。そして左手の手首には洋服の袖の下から紅いシンプルな革のブレスレットが見えていた。
「・・・?」
この手を、見ろというのか?それとも、取って欲しいのか。
突然のあかねのこの行動に乱馬が少々戸惑っていると、
「私の左手・・・」
「左手?」
「左手の薬指は・・・この場所は永遠に乱馬のものよ・・・」
「!」
「私・・・乱馬からもらったブレスレットも、大事にする。ずっとずっと、持ってる。これだけはどこにいても絶対に手放さないって約束するから・・・」
「・・・」
「・・・私の心も、ずっと・・・乱馬のものだから」
あかねはそういって、乱馬に向かって差し出した手をそっと自分の方へと戻した。
・・・指は、きっとこれから先他の誰かがこの指に指輪を嵌めるということは無いだろう。
それは、勿論乱馬も・・・。
でも、この左手薬指の場所だけをずっと確保だけしておくというその約束は、しても嘘にはならない。
あかねはそう思ったのだ。
以前もらったブレスレットも、絶対にこれだけは何があっても手放さないと心に誓った。
だからその約束も守ることは出来るだろう。
・・・
直接、「待っていてくれるか」という言葉には答えることが出来ないが、乱馬に対して自分なりに精一杯の誠意と、そして伝えてはいけない愛情を感じ取ってもらえるように、あかねはしたつもりだった。
「・・・ああ」
乱馬はそんなあかねに対し、小さく頷いて少し笑顔を見せた。
自分がしたプロポーズの返事は何故か明確には貰うことができなかったが、でも否定的な言葉を貰ったわけではない。
むしろ、ストレートに「好きだ」といわれたわけではないが、そうとってもおかしくない言葉をあかねには返してもらえたと、乱馬は感じたつもりだった。
ただ、胸が完全にスッキリとしたわけではないのだが・・・
「・・・乱馬、身体には気をつけてね」
「ああ。お前もちゃんと、身体を治せよ?」
「・・・乱馬はそそっかしいところとか人の話を聞かないところもあるから、宿に泊まった時には忘れ物とか注意事項とかには十分気をつけてね・・・」
「ちぇっ・・・俺、子供みてえだな」
乱馬は、ぽつり、ぽつりと自分に語りかけてくるあかねの手を再びとりぎゅっと握り締めた。
あかねの目の涙も、今は止まっていた。
二人はじっと目を見つめあい、そして先ほどまでのように一方的やぎこちなくではなくお互いがぎゅっと、その手を握り合う。
ただただ、その手を握ってお互いの体温を感じあって、残り少ない時間を共有しようとしていた。
と、その内。
そんな二人の背後で、
ボー・・・ボー・・・
と、腹の底から響き渡るような低く大きな蒸気音が鳴り響き始めた。
出港間近の汽笛であった。
ふと時計に目を遣ると、時刻は既に七時五十分を差していた
こういう別れを惜しむ時に限って、時間というのは流れるのが異常に早いのである。
船への乗船は、通常出港五分前には締め切ってしまう。
故にあかねとこうして話している時間はあと、五分しかないのだ。
無常にも、二人の別れの時は近づいていた。
「・・・」
時間も残り少ない中、二人は何も言わずにただ、取り合っている手を握り合う。
この手を離さなくては、あかねは船に乗り込むことが出来ない。
でもこの手を離してしまったら・・・
「・・・」
・・・長い間、コロンの通信などを使えば擬似的に会うことは出来ても、直接こんな風に触れ合って話したり会うことは出来ないな。そう思う乱馬と、
もう二度と、この人には会うことが出来ないかもしれない・・・そう心の中で思わざるをえないあかねと。
複雑な二人の、声に出せない気持ち。それが、いつまでも離すことが出来ない手に現れていた。
「・・・皆にわがまま言って困らせたらダメだよ」
「ああ」
「あんまり無理はしないでね・・・」
「ああ」
「頑張ってカード集めて・・・乱馬の力、たくさんの人に見せてあげてね・・・」
「ああ・・・」
・・・あかねには、乱馬に伝えたいことが山ほどあった。
でも、とてもじゃないが全てを語るには五分、という時間は少なすぎた。
乱馬に至っても、本当はもう一度先ほどのプロポーズの答えを聞き出したいけれど、それを迫る時間も無かった。
「・・・」
二人は、手を取り合ったままゆっくりと、乗船口まで進んだ。
時刻は、乗船締め切り一分前。
乗船口でチケットを確認する係員も、一応は二人が「別れを惜しんでいる恋人同士」であると見えるのか、気を使って何も言わないが、
それでも、小さく咳払いをしながら「もう時間だよ」と主張している。
それに加えて乗船案内所と港全体に、【八時発セルラ大陸ウォータークール港行きの船の乗船受付がまもなく終了いたします。ご利用される方はお急ぎください。繰り返します・・・】と最終乗船アナウンスが流れた。
いよいよ、タイムリミットである。
「・・・元気でな」
「うん・・・」
「あの・・・あのさっ・・・城にはいつでも来いよ。お袋たちもあかねが来てくれるのは大歓迎だし、それにっ・・・その、城にはコロンのばあさんも居るから、いつでも俺と連絡取れるからっ・・・」
分かってはいるのに、この時を迎えると名残惜しくて胸が締め付けられるほど寂しくなる。
乱馬は、コロンの通信ならばいつでも自分と会うことが出来るというのを、再びあかねに主張をした。
例え直接でなくても、お互いの姿はそれならばいつでも見ることが出来るから・・・乱馬は必死にそう叫ぶ。
そんな乱馬に対しあかねは、再び俯いて涙を流していた。
しっかりとして繋いだ手に、ボタリ、ボタリと涙が落ちていく。
「・・・あかね」
「・・・」
「こんな事になっちゃって・・・ごめんな。でも俺、絶対にお前の所に帰るから!・・・だから・・・」
乱馬は、再び泣き出したあかねの涙を救ってやろうと片手を離し彼女の顔を覗き込んだが、
「乱馬・・・」
「あかね・・・?」
覗き込んだ彼女の顔は泣きながら・・・寂しそうでもあり辛そうな顔では在るのだが、それと同時に何だか怯えているような表情をしているかのように見えた。
「どうした?あかね・・・」
何だか、様子がおかしい。気になった乱馬があかねにそう尋ねると、
「乱馬・・・ごめんね・・・」
「ごめん、て?何でお前が謝るんだ。悪いのは俺で・・・」
「ごめんね・・・あたし・・・ごめんね・・・」
「あかね?」
「乱馬・・・怖い・・・」
あかねは最後に一言そう呟き、自分の顔を覗き込んでいた乱馬の唇にスッ・・・と唇で触れた。
その突然の自分の唇に舞い降りた感触に驚いた乱馬は、それまで掴んでいたあかねの手を離してしまった。
「!」
・・・な、あ、あかねは今、俺に・・・キスをしたのか?
散々、今までの旅でそのチャンスを狙っていたのは自分の方だった。
でも悉くそのチャンスを逃し失敗し落ち込んでいたことはある。
それが、まさかこんな状況であかねから俺に?・・・そう思った乱馬が、触れた唇の感触にぼーっとしていると、
「・・・さよなら、乱馬」
そんな乱馬に対し、唇を離したあかねが小さく、そう呟いた。
「!」
・・・その言葉は、これから二人が離れ離れになると分かっているしその為に挨拶をしてくれたのだと・・・そう分っているはずなのに、何故か乱馬の胸に深く、重く響いた。
「・・・」
あかねはそんな乱馬からスッ・・・と離れると、荷物を持って乗船口に掛けていってしまった。
そしてチケットを係員に見せてそのまま振り返らず、船の中に駆け込んでいく。
キスされたことに驚き、乱馬は既に掴んでいたあかねの手を離してしまっていたので、あかねはあっという間に乱馬から離れ、乗船口へといってしまったのだ。
「あ!あかねっ・・・待って・・・!!」
あかねの名を背中に向かって呼んだが、彼女は振り返らなかった。
乱馬がチケットも無いのに思わず、船の乗船口に駆け込もうとするも、
「お兄さん、ごめんね。船にはチケットがないと乗れないからね」
当たり前だが、乱馬は係員に入り口で止められてしまった。
その直後に乗船口のゲートがガシャン、と閉まる。
どうやらあかねが、乗船最後の人物だったらしい。
辺りには、再び大きくて低い蒸気音が鳴り響いた。
しかも今度は先ほど違い、ブロロロロ・・・・とエンジン音まで聞こえ始めている。
船が数分後の出港に向け、エンジンを始動させたのだ。
「っ・・・」
乱馬は、急いで乗船案内所を飛び出し船を見送る為に人が溢れている見送り場所へと走った。
今にも出発するかも知れぬ船の甲板には、乗船客達が溢れていた。
そして、それぞれが自分を見送りに来た港に残る人々へと手を振ったり笑いあっている。
紙テープを投げるもの、笑顔で甲板から手を振るもの、そしてなにやら叫んでいるもの・・・様々な人々が、船からは見えていた。
「あかね・・・」
乱馬は、その人々の中にあかねの姿を必死で探した。
たとえどんなに人ごみに紛れていたって、あかねの姿は絶対に見過ごしたりはしない。
あかねがどこに居ても見つける自信が、乱馬にはあった。
ところが・・・船の甲板の端から端へと何度目を動かしても、見つけられるはずのあかねの姿を、見つけることが出来ない。
「あかねー・・・!」
思い切って、港から船に向かって叫んでみたが、それでもあかねらしき人物が自分のその声に反応することは無かった。
「あかね・・・」
・・・何故だ?何故、見つからない?
もしかして、船室に入ってしまい甲板に出てきていないのか?
「・・・」
船に乗ったら、見送り客が居るのが分っているのなら尚更、さっさと自分の船室に入らずに甲板に出て挨拶をするのが普通。
セルラ大陸からレイディア大陸の別の港についた時だって、乱馬達を見送ってくれたキリトとランゼの為に、皆は港が見えなくなるまで甲板で手を振っていた。
今回も、乱馬が居るのが分っている以上は出てきてくれるものだと乱馬は思っているのだが、
こうして姿を見つけることが出来ない以上、その可能性は・・・低い。
「・・・」
何でだよ、あかね。何で・・・
乗船直前のあかねの言葉や、結局答えてくれなかったプロポーズ、そして見送りが居るのが分っているのに甲板に出てこないこと。乱馬は船の甲板にそれでもあかねの姿を探しながら、そんな事を考えていた。
・・・そうこうしている内に船は出港時間を迎え、ボー・・・という大きな蒸気音と共にゆっくり、ゆっくりと港を離れ始めていた。
とそこに、
「乱馬―!」
「あちゃー、船、今でてもうたやん!」
「本当に時間通りに出港するあるか!もっと早く出てくれば良かったある」
そんな事を叫びながら、良牙・右京・シャンプーの三人が駆け寄ってきた。
どうやらいつもどおりの時間に起床して、東風から既にあかねが出発したことを聞いたのだろう。
それで、せめて船だけでも見送りにとやって来た様だ。
「まあ、でも船は出ても甲板にはでてるやろ?乱ちゃん、あかねちゃんはどこ?」
右京がそんな事を言いつつ乱馬の横に並び、港から徐々に離れていく船を眺めながらそう言うも、
「・・・」
何も答えず、それでも船の甲板を捜しているかのような乱馬の姿を見て何かを感じ取ったのか、
「もう、中に入ってしもうたんかな。残念やね」
そう、呟いた。
「薄情あるな。せっかく私達と乱馬がこうして見送りに来ているのに」
シャンプーも船に目を遣るが、どうやら乱馬たち同様、あかねの姿を見つけることが出来ないようだ。
「おい、お前ちゃんとあかねさんを見送ったんだろうな?」
良牙もとりあえず甲板に目を遣りながら乱馬にそう尋ねるが、
「ああ・・・」
乱馬は小さな声でそう答えたきり、何も言わない。
「・・・」
老夫婦に、大きな荷物を持った商人。
服から鞄からブレスレットに至るまで真っ赤に揃えたペアルックのカップルに家族づれ・・・甲板には相変わらず人で溢れているはずなのに、乱馬の目にはあかねの姿は映らない。
「・・・」
乱馬はあとからやってきた三人と船が港から見えなくなるまで港に留まっていたが、その胸中は何かモヤモヤして複雑であった。

「・・・乱馬、そろそろ戻ろうぜ」
・・・やがて。
船も港から見えなくなり、見送りに港に来ていた人々もそこから消えた。
港に残っているのは、昼の漁に出かける漁師と、朝の漁から帰ってきた漁師、水揚げを手伝う女衆くらいになった。
良牙がそんな状況を察し、乱馬にそう提案をすると、
「そうそう。そろそろ戻ってご飯にでもしよか」
「そういえば起きてすぐ出てきたあるから、何も口にしていないある」
右京とシャンプーもそれぞれそんな事を呟きながら、良牙の提案に賛成をした。
あかねが旅立ち見送ったその後は、彼女達の普段の日常がまた始まるのだ。
良牙はその不思議な感覚に何だか悲しくもあり仕方なくもあり複雑な思いだが、あかねが居なくなっても旅は続けなくてはいけない。
乱馬の面倒をあかねにも頼まれたし、せめて自分はしっかりしなくては。
「さ、いこいこ」
「戻るあるぞ」
「おう。ほら、乱馬・・・行くぞ」
良牙は、さっさと自分達を置いて歩き始めた右京やシャンプーの背中を見つめながら、いまだ船が消えていった方向をじっと見つめていた乱馬に話しかける。
乱馬はそんな良牙の声に反応し、彼が言ったとおり医院への道を歩き始めてくれたのだが、
キャイキャイと話したりくだらない喧嘩をしながら前を歩く女性陣に比べ、
「・・・」
良牙と、そして歩き始めた乱馬の速度は異常なまでに遅い。
それは、乱馬が進むスピードが遅いが故にそれに良牙があわせているからなのだが、
一応はぽつん、ぽつんと道を歩く乱馬であったのだが、乱馬は道を進むに連れてどんどん表情を暗くしていき、やがて・・・立ち止まってしまった。
明らかに様子が変である。
「おい。道の真ん中に立ち止まったら迷惑だろうが。何なんだおめーは」
既に女性陣は乱馬や良牙達から姿の見えないほど先に行ってしまったていた。
良牙は取り急ぎ乱馬を道の隅に呼び寄せ、そこで彼に尋ねる。
すると、
「あいつ・・・最後に怖い、って言ったんだ」
「怖い?あかねさんがか?」
「それに、泣きながら謝って、急に俺にキスして・・・」
「・・・」
「プロポーズの返事には答えないのに、でも気持ちは俺にあるって・・・何でなんだ?」
乱馬は、ぽつり、ぽつりと確認を兼ねて考えていた事を口に出していた。
・・・プロポーズには明確に答えてくれなかった。
でも、あかねの心も、指輪の場所も永遠に乱馬のものだという。
離れる直前、怖いといって怯えた表情を見せたあかね。
そして、乱馬がするならばともかくあかねが、乱馬に急にキスをした。
さよなら、と呟く前に。
・・・
「・・・」
何故だ?
心も指輪の場所も永遠に乱馬のものであるならば、何故一言「待っている」と答えなかったのか。
ずっと好きでいるというのなら、戻った後にもそれはずっと有効なはずだ。
それなのにどうしてなんだ?
一体、泣いて怯えるほど何が怖かったのか・・・それも乱馬には気になっていた。
一瞬だけどあの時見せた表情と、そして「怖い」と涙ながらに呟いた言葉が、「さよなら」の言葉と一緒に頭から離れなかった。
一人で船旅をするのが怖いのか?でも船の中は確か船員があかねの面倒を見て、ウォータークールにはあかねの親父さんがあかねを待っていると東風から乱馬は聞かされていた。
面倒を見る船員が怖いのか?それとも、途中で旅を離れた事を父親に何か言われることが怖いのか?
乱馬の気持ちが離れるのが怖い、というのは無いはずだ。プロポーズをするくらい、彼女の事を想っている旨をあの時点では既にあかねには伝えていたのだから。
・・・
乱馬にはどうしても、その部分が納得できずに居た。
それに、考えれば考えるほど色々と、気になることが出てくる。
「それにさ・・・」
「なんだよ」
「あいつの荷物なんだけど・・・」
「荷物?」
「旅をしていたんだから、それなりに最初荷物をつめて、ここまで来たはずなんだ。ヒルダに移動してくるときだって、鞄にはたくさん荷物が入っていたはずなんだ。なのに・・・さっきあいつの荷物を持ったらすげえ軽くて・・・殆ど何にも入ってないんじゃないかって思えるぐらいスカスカにも見えた」
「はあ?そんなわけねえだろ。お前の勘違いじゃねえのか?それに、もしかしたら荷物だけ先にティルトンに送ったのかも知れねえし」
「あかねが乗った船が、一番先にウォータークールに着くんだぞ?それに、ヒルダからウォータークール、それにティルトンまで戻るには、三日はかかるんだぞ。荷物が無くちゃ困るじゃねえか・・・でもあいつの荷物、三日分のものなんて絶対に入ってなかった」
・・・そう。
話をするきっかけとして一応気に留めておいた、例の荷物の件だ。
結局はあかねときちんと話が出来たのでこの話をわざわざあかねに振ることは無かったのだが、
あかねの様子が何だかおかしいのを色々と考えていたとき、乱馬には何だかこの荷物の件も引っかかって仕方が無かった。
「でも、何で荷物がねえんだよ?送ったわけでもない、かといって持っているわけでもないってことは・・・どこかで荷物を処分でもしたってことだろ?何でだよ」
良牙がぼそりとそう乱馬に呟く。良牙自身も一応はその理由を考えてみるが、彼にはあかねが荷物を処分する理由など思い浮かぶことは無い。
「・・・」
容易にその理由が思い浮かばないのは、勿論乱馬も一緒だった。
何故、持っていたはずの荷物が無いのか?
持って移動するのが面倒になり、思い切って処分したのか?
でも、処分するにしても必要最低限の衣類ぐらいは持っていても良いはずだ。
でも、あかねのあの鞄からはそんな重さなど全く感じられなかった。
・・・
家に持っていくはずの荷物も処分した可能性があるとでも言うのか?
これじゃまるで、家にはもう帰らないかのようじゃないか・・・
「・・・」
・・・そう思った瞬間、乱馬の頭の中にあの時のあかねの、最後の言葉が蘇った。

『さよなら、乱馬・・・』
・・・

「!」
その言葉が頭に過ぎった瞬間、乱馬の胸が急速にザワリと動き出した。
心拍数が一気に上昇し、身体中に何かが駆け巡っていく。
自分でも、サッ・・・と血の気が引いたのが分かった。背中に、嫌な汗を大量に掻く。
「おい・・・どうした?乱馬」
そんな乱馬の様子に気付いた良牙が慌てて乱馬に声をかけると、
「・・・嫌な予感がする」
「え?」
「俺・・・俺、ちょっと港に戻る!」
乱馬は、良牙にそういうが早いかくるりと方向転換をして今来た道を駆け戻っていく。
「えっ、おい乱馬!ちょっと待てって!」
もう船自体は大海原へ出てしまったし、今更乱馬が港に戻ったところで出て行った船を呼び戻せるわけではない。
良牙は慌てて乱馬の後を追って道を走りながら叫ぶも、乱馬が立ち止まる様子も彼の話を聞き入れる様子も無い。
そう、妙な胸騒ぎで胸を目一杯満たされている乱馬には今、他の誰かの進言を聞く余裕など無いのだ。
「・・・ったく、このバカ王子が。あかねさんが帰った途端に面倒かけやがる!」
何故乱馬が港へ戻るのか良く理解できない良牙は、大きなため息をつくとそれでも乱馬の後を追って港への道を走っていった。
時刻は、午前八時半。船が出港してから三十分後のことであった。


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