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プロローグ

昔むかしあるところに、小さな町道場があった。
その町道場には、国の中でも有名な、たいそう美しい三人姉妹がいるといわれていた。
が、美しいがゆえに引く手も数多。
近頃では一番上と二番目の娘は嫁にいき、
その家には、姉妹の中でも一番美しいといわれている年頃の三女のみが、父親と二人で住んでいる状態であった。
もちろんその三女も数多の男性から求婚を受ける日々ではあったのだが、
この三女、実はその美しい出で立ちからは想像が出来ぬほどの男勝り。
そして残念なことに異常な男性嫌いで、 求婚に来た男性陣…町人から貴族まで、男を片っ端からぶっとば・・・いや、実力をもって申し出を断り続けている。
しかしそれでも交際を申し込んでくる男があとをたたないのは、
酷い目にあってでも手に入れたい…人間の本能を刺激するような類まれな美しさを、この三女・あかねが持っているからなのであろう…。

・・・

 

「あかねー、もうすこし優しく断れないかねー・・・。三軒隣りの洋服屋の息子さん、お前にひっぱたかれた頬がめちゃくちゃに腫れて無残な姿だったよ…」
・・・そんなあかねを、目に入れても痛くないくらい可愛く思っている父・早雲だが、
「強引にデートに誘おうとするほうが悪いのよ。自分を守るための防衛手段でひっぱたいたのよ」
「でもさー、あれじゃあ過剰防衛に…」
年頃の娘が求婚を断るとはいえ、相手が外を歩くのも痛々しい姿になるまで手を出すのはいかがなものか。少々心配でもあった。
が、
「いいの!あたしは男なんて大ッキライ!お母さんの代わりにずっとお父さんの傍にいるもん!」
きっぱりすっぱりそう喚くあかねに、男親としては嬉しいけれど、
しかし、このままでは其のうち修道院に入るとでもいいかねない。
もちろんそういう人生もよいとは思うが、しかしあかねにも普通の女性としても幸せを知ってほしいと願う早雲にしてみれば、
どこか複雑な気持でもあった。
そんなある日。
早雲の元に古くからの友人から手紙が届いた。
中をみると、近々行なわれる城でのダンスパーティの招待状が入っていた。
「あかね、近々城でダンスパーティが行なわれるそうだよ。たまには行ってきたらどうだい?」
早雲が、今日も家の裏でせっせと薪を素手で割っているあかねにそう持ちかけると、
「いやよ、ダンスパーティなんて。しかもダンスってことは知らない男のヒトと踊るんでしょ?そんなの冗談じゃないわ」
あかねは予想通りの回答をする。
早雲は心の中でため息をつきつつも、それでも今日は負けじと、
「そんな事いわないで、たまには行ってきてごらんよ。それに、このパーティは、あかねの苦手な男の子は少ないはずだよ」
「どうして?ダンスパーティなのに?」
「招待状にもそう書いてあったよ。だから、いいじゃないか。最低一人だけとでも踊ってきたら。ね?それならばいいだろう?」
大勢とは言わない。たった一人とでいいんだよ、と、あくまでもあかねに笑顔で食い下がった。
「ふーん・・・。まあ、一人でいいなら…行こうかなあ・・・」
いささか妖しい早雲の様子であったが、たった一人とだけ踊ってくれば帰ってきてもよい…そう受け止めたあかねは、しぶしぶとパーティへの参加を了承した。
「よし、決まった!そうだ、ひさしぶりに、ドレスを着るんだ。嫁に行ったかすみに頼んで、あかねをきれいに着飾ってもらおう」
そうと決まれば話は早い。
こうして、あかねは城で行われるダンスパーティへと出席することとなり、
早雲はそんな娘を美しく着飾るために、すでに嫁に行っていたあかねの姉の一人・かすみをわざわざ呼び寄せて準備を手伝わせたのだった。

・・・が。

「男の子が少ない」といった、この早雲の言葉。
それもそのはずである。
実はこの「城でのパーティ」というのは、城の王子の花嫁を選ぶためのものだった。
そう。早雲の「古くからの友人」とは、この国の国王。
国王が若き頃、早雲の父が運営していた町道場にお忍びで修行にやってきていた。
もちろんそこでは早雲も修行に励んでおり、二人はそこで切磋琢磨してお互いの技を極めて行った。
今でこそ城下と、城と住んでいるところは全く違うが、二人は今でもたまに連絡を取り合う仲だったのである。
今回の招待状も、国王の使いがわざわざ、早雲のもとまで運んできてくれたのであった。
そんな経緯を、
着付けにやって来た姉・かすみによって知らされたあかねは、
「お父さんのうそつき!」
と、すぐに早雲に抗議したが、
「約束は約束だろう?」
「で、でも!」
「たった一人と踊ってくれば帰れるんだよ、いいじゃないか」
と丸め込まれ、結局はパーティに参加する羽目になってしまったのだった。
「その『たったひとり』が問題なんじゃないの…」
あかねは、姉のかすみに着飾られながらもぶつぶつつぶやいていたが、
「…あかねちゃん?聞いてる?」
「え?」
「え?じゃないでしょ。いい?あかねちゃん。今日あかねちゃんが着ているこのドレスはね、特別な布で出来ているドレスなの」
「特別?」
かすみが自分に話しかけているのに気づき、我に返った。
どうやら、先ほどから何度も、あかねが着ていくドレスについて説明をしてくれていたらしい。
「このドレスはね、短時間しか美しく発色しないドレスらしくて・・・そうね、だいたい夜中の十二時を過ぎたら、発色が衰えるだけでなくて生地自体もヨレヨレになっちゃうらしいのよ」
「へえ…随分と特殊な布で出来ているのね」
「なびきちゃんが、隣りの大陸から来た商人のお店で仕入れたんですって。破格の値段だったから買い付けたらしいんだけど」
なびきちゃん、というのは、かすみの妹でもあり、あかねのもう一人の姉であった。
なびきもかすみ同様、すでに嫁に行っている。かすみとは違い、なびきはここから少し遠い街の商家へ嫁に行ったのだが、
その商家の商売を一手に引き受け巨大な富を築き、今ではその町のマーケットを牛耳るくらいの商人となっているらしい。
ところがこのなびき、とんでもなくケチ。
なので、恐らくこうしてドレスをこんな特殊な布で作られたものを提供してきたのも、
売れ残りをなくし、尚且つ見た目がきれいな布ならば人目を惹き自分の店の宣伝にもなる…とでも考えたのかもしれない。
なびきらしといってはそうだが、相変わらずだな、とあかねは心の中でため息をつく。
「だからね、あかねちゃん。夜中の十二時までにはお家に帰ってくるのよ」
そんななびきの本心、というかずるさを全く疑わないかすみは、あかねににこにこしながらそう忠告した。
かすみとなびき。同じ姉妹なのに、正反対の性格である。もちろん、あかねも加えると、三姉妹三者三様の性格であった。
「大丈夫よ。そんなパーティ、面白いわけないもん。すぐに帰って来るから」
あかねは、キラキラと輝くドレスに身を包み、まるでお人形のような姿を鏡に映しだしている自分を見ながら、そう呟いた。
「そんな事言わないで、楽しんでらっしゃい。いいじゃないの。たった一人と踊ってくればいいんだから」
「その一人が問題なんじゃない。まさかそれが王子だなんて…」
「相手が王子様だからこそ、踊る時間だって短いと思うわ。だって、あかねちゃん以外に皆は王子様と踊りたいんだし。ほんの少しよ。ね?」
「・・・はーい」
まるで菩薩のような笑顔ではあるが、決して人に「ノー」と言わせない押しの強さがあるかすみ。
あかねは、やはり乗り気でないのは隠し切れないけれど、だからといってノーとは言い切れないなと、大きなため息をついた。

 

 

一方。
「ふざけんな、くそ親父!なんで俺が、こんなパーティで選ばれた女と結婚しなきゃなんねえんだよッ」
城の一室、国王の部屋では。
やけに威勢のいい王子:乱馬が、父親である国王・玄馬と激しく遣り合っているところだった。
この王子、女性よりも「武芸を極める」ことにまだ興味があるようで、
臣下親戚の持ってくる見合い話は、片っ端から断り続けてきた。
王子は容姿端麗ではあったが、
ぶっきらぼうな態度と、年頃だというのに女性に興味がないというのが国王・王妃の悩みの種であった。

「だいたいだなあ…。俺はまだ修行中の身だから、女にうつつを抜かしてる暇はねえんだよッ。それなのに、勝手にこんなパーティ企画しやがって!」
実はこのたびのダンスパーティは、乱馬に内緒で計画されていたのであった。
それを、当日になりいきなり聞かされた乱馬にしてみれば怒るのも無理はない。
「計画の段階で話したら、お前、了承していたか?」
「するわけねーだろ!」
「だから、秘密にことを進めるしかないじゃろうが」
「秘密に進めようが進めまいが、俺は女になんて興味はねーんだよ!時間と金の無駄だろうが!」
何度言っても自分の主張を理解してはもらえない。そのもどかしさに怒る乱馬に対し、
「えーい、女々しいぞ乱馬!仮にも貴様、この国の跡取じゃろうが!いい加減腹を決めて、所帯を持たぬか! ワシが貴様の年頃には、すでにかあさんと…」
玄馬も負け時とそう叫んで、何故か照れて頬を赤くしている。
それを受けて、そんな二人のやり取りを見ていた王妃であり乱馬の母であるのどかも、
「もう、おとうさんたら…」
と顔を赤らめる始末だ。
「…全く懲りてねえ…」
乱馬は、そんな二人の様子に呆れてため息をつくばかりだ。
「ねえ、乱馬」
そんな乱馬に、今度はのどかが語りかけた。
のどかは、少々ぶっ飛んでいる部分もあるけれど、父の玄馬とは違い穏やかで、そして慈悲深く優しい。
乱馬の味方になってくれる場合がほとんどであるが、こと、この問題に関しては、のどかとは意見が分かれてしまう。
本当ならば、玄馬にしていたように怒り返したいのだが、相手がのどかとなるとそうもいかない。
「ねえ、乱馬。 もしかしたら、乱馬の好みの女の子も中にはいるかもしれないでしょ?だから、今日は母さんに免じてパーティに参 加してね?分かったわね?」
「…」
玄馬はともかく、のどかに頼まれると、そうにべもなく断れない。
…というより、いつのまに隠し持っていたのか。のどかの手にキラリと光る刀が恐ろしく、
「…わかったよ。でも、俺、結婚とか相手選びとか、そういうのするつもりないから」
乱馬はしぶしぶとダンスパーティへの参加を決めたのだった。

 

 

 

 

 

…夜、七時。
音楽隊の演奏と共に、城では華やかなパーティが始まった。
何だかんだいっても、結局はパーティに参加したあかね。
姿形がただでさえ麗しい上に、キラキラと輝くドレスで着飾ったあかねは、
「なんて美しい…」
「一体ドコのご令嬢だ?」
本人の意思とは別に、城についた途端、警備をしていた兵士達の心を一瞬で虜にしてしまった。
もちろんそれは、
「何や、あの女!兵士にまで色目つこうて、あほちゃうか」
「完全に、王子の目を引こうとしているのがミエミエね!」
「何て憎憎しいんでしょ!」
…と、 妃の座を狙う娘達にはスコブル評判が悪かった。
もちろん、 自分には全く非がないあかねにしてみれば、ただパーティに来ただけで人に陰口を叩かれるいわれはない。気分が悪いことこの上ない。
頭にきたのでもう、このまま帰ってやろうとも思ったが、
「でも…少しでも踊って帰って来いっていうお父さんとの約束を破ることになっちゃうし…」
王子と踊ることなどどうでもよいが、それをしないことで父との約束を破り、悲しませることになる。
あかねにはそっちのほうが辛かった。
「…」
…しょうがない。王子を見つけたらとっととダンスを踊って、退散しよ。
あかねは深いため息をつき、意を決して会場へと足を運んだ。
そして王子を探すべく会場を見回したが、
お妃選びのパーティだというのにも関わらず、 王子がいるはずのその席に、彼はいなかった。
それどころか、王子がいるはずのその席には、 なぜか王冠を付けたパンダが座ってるだけだった。
「…」
…うちの国の王子って、パンダなの?いや、でもあのパンダ誰とも踊ってないし。
パンダのために嫁を探すつもりってこと?変な国。いや、でもなあ…普通の男と結婚するならばパンダと結婚したほうが後々楽?
あかねはその不思議な光景に首を傾げつつもパーティ会場から出て、
少し離れた場所にあるバルコニーで一人、王子が会場にやってくるのを待ちながらそんなことを考えていた。

と、そこへ。

「会場、行かないのか?」

ふいに背後から声がした。男性の声だった。
驚いたあかねが声をしたほうを振り向くと、そこには鎧を纏い、剣を腰にさした城の兵士が立っていた。
「妃選びのパーティへとやって来たんだろ?それならば会場はあっちだ」
その兵士はあくまでも事務的に、ただし客人への敬語の使い方を知らないのか、ぶっきらぼうな口調であかねにそう指示をする。
あかねはその兵士からふいっと目をそらし、再びバルコニーから外の景色を見つめると、
「別に…。来たくて来たわけじゃないし、王子もいないみたいだから、無理して会場にいる必要もないでしょ」
と、答えた。
すると、
「ふーん…」
そんなあかねの言葉を聞いた兵士は、何故かその場を去らず、呟いたあかねの並んだ。
そして、そのままバルコニーの手すりに頬杖をつき、あかねの顔をぐいっと覗き込んだ。
その瞬間、自分があかねの顔を覗き込んできたくせに、何故か兵士は驚いた表情をした。
兵士のくせに客に敬語を使わなかったり、勝手に驚いたり、と随分と感情がコロコロと変わる忙しい兵士だ。
「何よ」
「い、いや別に…」
「変な人」
あかねは、今度は口ごもった兵士に呆れつつも、その兵士のことを改めて観察した。
…その兵士、隣に立つと意外に背が高く、顔も整っていた。
髪も長いようで、後ろで一つに結っていた。
鎧を着ているから体型まではわからないけれど、重い鎧を着て難なく動いているのだからきっと体だって鍛え上げられて引き締まっているのかもしれない。
「…」
普段あかねには、断っても断っても望まぬ男性が言い寄ってくる。
そのたびにあかねはその男性どもを蹴散らしてきたが、
こんな風にすぐ隣で、そしてこんな風に会話をしながらじっくりと見つめたことなど、考えてみたらなかったかもしれない。
見ていたとしたら、父の早雲や、二人の姉と結婚した夫の男性くらいだ。
なんだか不思議な感覚だ。あかねがそんなことを思っていると、
「じゃあ、何で来たくないのにパーティへ来たの?」
そんなあかねに対し、兵士がふいに質問してきた。
今度は敬語どころか、妙になれなれしい。
あかねにしてみれば、こんなわけのわからない変わり者に別に答える義理もなかったのだが、
人間というのは不意に質問をされるととっさに答えてしまう習性がある。
あかねは素直に自分がパーティに来た理由を兵士に話した。
「なんでって…だから、お父さんが…男の人が少ないパーティだからって…」
「は?」
「…知らなかったんだもん。お妃選びのパーティだなんて」
一人とだけ踊れば帰ってきていいっていうから渋々了承したのに、その一人というのが、実は王子だった。
あかねはため息をつきながら、「…最悪」と最後に付け加えた。
「なあ、もしかしてお前、男、嫌いなのか?」
そんなあかねに対し、兵士がズバリとあかねの本心を言い当てる。
「…嫌いよ」
「なんで嫌いなんだよ?」
「なんでって…いろいろあるけど、でも一番の理由は…多分、負けたくないんだと思う」
あかねがそう呟くと、
「ふーん…。負けたくない、ねえ」
兵士は、そんなあかねの呟きを納得できないのかなんなのか、意外そうな口ぶりで返す。
「なによ!いいでしょ別に!だからあたしは恋愛なんて興味もないの、男なんて嫌いなの!」
あかねが思わずかっとなってそう言い返すと、兵士はそんなあかねに聞き取れないくらい小さな声で何かをつぶやいた。
「…もったいねえ」
「は?聞こえないんだけど」
「別に、何でもねえよ」
兵士は、明らかに何か言っていたのにとぼけた表情でそういうと、
「変ってる女」
今度はあかねに聞こえるようにそう言って、カラカラと笑った。
「な、何よ!…あ、あなた兵士でしょ。あたしの事はいいから自分の持ち場に帰ったら?」
何で、こんな会ったばかりの男に笑われなくてはいけないんだろう。
だいたい、兵士ならば城の警邏が仕事だろうに。いつまでここで油を売っている気なのか?
あかねは再びかっとなってそう言い返してやった。
「…まあ、俺のほうもそう簡単にもいかねえんだよなあ 」
今度は兵士がそういって、ため息をついていた。
「?何で兵士が城の警邏に戻るのが簡単にいかないのよ」
全く持って訳が分からない。あかねが首を傾げ、更にその理由を尋ねようとしたちょうどその時だった。

「王子ーッ。王子、どこですかー!?」

慌しい靴音と共に、複数の兵があかねの居るベランダ方面へと走ってきた。
「!」
それと同時に、あかねの隣に立っている兵が、何故か慌てて鉄仮面を被った。
呼吸をすることはできるけれど、重いし前も見えづらいし、不審者でもいない時以外は敢て自ら被るものでもないだろうに。
「…邪魔じゃないの?その仮面」
だいたい、今まで素顔で話をしていたのになんで今更顔を隠すのよ?
あかねそんな事を呟きながら首をかしげていると、
「お嬢さん、わが国の王子を見かけませんでしたか!?」
先ほどの複数の兵の一人が、バルコニーにいたあかねの前に立ち止まった。そして、あわただしい口調でそう尋ねた。
「王子?」
顔さえも知らないあかねが、見かけたところでわかるはずがない。
というよりも、パーティの主役なのに何故兵たちに探されているのだろう?
「さあ…私は見ておりませんが…」
多分、と最後に付け加えつつあかねがそう答えると、
「我が国の王子は、後ろで髪を一つに結っている、お嬢さんと同じように大変麗しい出で立ちをした青年です。みかけたら、必ず我らに連絡を。…お恥ずかしい話なのですが、本日はお妃を決めるパーティーを催しておりますが、肝心の王子のお姿が見えないもので…」
兵は口早にそう説明すると、ため息をついた。
そして、
「おい、お前もこんなところで油を売ってないで、王子を探すのだ!王や王妃が心配している」
あかねの横に立っていた、鉄仮面を付けた兵士にもそう指示を出すと、再び廊下を走って行った。
鉄仮面をつけた兵士は、駆けて行った兵たちに敬礼をしてその姿を見送っていた。
「…」
あかねは兵たちが走り去ったのを確認すると、無言のまま、兵士の、鉄仮面の後ろからヒョコッと飛び出している「一つに結われた髪」をぎゅっと引っ張ってやった。
「いててて…」
突然髪を引っ張られたその兵士は、慌てて鉄仮面を脱捨てて、
「何すんだ!」
と文句を口にしたが、
「ねえあんた、もしかして…王子?」
あかねはそんな兵士の不平など気にも留めずにそう言うと、掴んだ髪をぱっと離した。
「…だったら何だよ」
もはやこの状況で隠している意味もない。
髪をつかまれた兵士…もとい、王子・乱馬が自分の素性を認めると、
「あんたこそ、パーティに行かなくていいの?あんたのお妃を決める為に、パーティやってるんでしょ?みんな、あんたの為に着飾って待ってるわよ」
一気に形勢逆転。
でも、目の前にいたのが王子だからと言って急に態度は変えるつもりはない。
あかねはそう言って、先ほど乱馬がしていたようにバルコニーに肘をついた。
「…別に、俺が選びたくて開いたパーティじゃねえからいいんだよ」
「でも、探してたじゃない」
「うるせえな。それになあ…みんな、『妃』になりたくてパーティに来てんだ。俺を好きで来た奴なんて、いねえんだし、そういう風に勝手に将来が決まるの、やなんだよ」
乱馬はそう言って、ため息をつく。
…確かに、乱馬の妻になれば将来はこの国の王妃になるわけで。普通の娘ならば、少しくらい王子に問題があったところで、巨万の富が手に入るのならば問題ないと思うかもしれない。
すべてではないかもしれないけど、将来の王妃の座が目当ての娘もいないとは言えない。
でも、
「そんなの、分からないじゃない。もしかしたらあんたに憧れて今日、参加した子もいるかもしれないでしょ。決めつけるのはよくないわ」
「いーや、いないね」
「なによ、なんでそんな風に言い切れるわけ?」
「俺には分かるの」
これ、男の感。乱馬はやけに断定的にそう言い切ると、
「…それに、俺は修行中の身だ。今はまだ結婚する気なんてない」
そう言って、例の鉄仮面を再び取った。
鉄仮面の下から現れたその顔は、改めてみてもやはり整っている。
言われてみると、なんか品というか…ただ整っているというだけでなく、そこにはきっと育ちが表れているのだろうか、
嫌みのない天真爛漫さもあるような気がした。
とはいえ、顔が整っていても考え方は何というか独特というか。
「ふーん。…あんたこそ、変わり者ね」
「なっ…失礼な奴だなっ」
「あんたにはほめ言葉みたいなもんでしょ」
その気持ち、あたしにも少しはわかる気がするし。…やりたいことがあるのに強引に結婚や縁談を進められる気持ち。
興味がないのに無理やり相手なんて選べない、気持ち。
あかねはそんなことを思いながら乱馬に微笑みかけた。
すると、
「…」
先ほどまでは普通に話をしていたはずの乱馬だが、今度は特に何を返すわけでもなく、
何故か微笑んだあかねの顔をじっと、見つめていた。
「な、なによ」
いきなり無言で、しかも真面目な表情で見つめられたら流石のあかねも少し戸惑う。
「…別に」
乱馬はそこでふっと顔を逸らした。
何か言いたかったのだろうか。でも、乱馬は顔を逸らしたままそれ以上何もしゃべらない。
何か変なことでも言ったかな。あかねは乱馬の様子をいささか不思議に思いつつ、
かといってこのまま無言でもなんだか妙な感じなので、
「それよりも、あんたさっき修行中だって言っていたわよね。もしかして武道とかやるの?」
とりあえず何か別の話題を振ろう。あかねはそれまでの会話の流れを断ち切り、新たな話題を乱馬へと振った。
「やるけど…」
それまでの会話とは全く違うその内容に、乱馬が戸惑いを見せながらも答える。
「武道は何?もしかして空手とか体術とか?」
「まあ、そんな感じだけど…」
「ね、じゃあ手合わせしましょうよ。私、結構得意なの!」
あかねは町道場の跡取り娘。相手が男だろうが王子だろうが、武道家と分かれば手合せしたくなるのは悲しき性。
あかねはさっそく乱馬に提案をしたのだが、何故か乱馬はそんなあかねに対してため息をついていた。
「な、なによ」
あかねが少しだけその乱馬の様子にひるんでみせると、乱馬は無言であかねのドレスを指差した。
「?」
ドレスだと動けないから道着に着替えて来いってこと?あかねが首をかしげていると、乱馬は更にため息をついた。
そして、
「…あのなあ。お前今、ドレス着てるんだろ?だったらさ、手合せしましょうよ、じゃなくてせめて、踊りませんか?とか言えねーのかよ」
乱馬はそう言って、突然、あかねの手をそっと取った。
「きゃ!な、何すんのよッ…」
男嫌いのあかねが、いきなりのその仕草に驚いて咄嗟にその手を振り払うと、
「だから。このまま何もしないで帰ったりしたら、親父さんに怒られるんだろ?」
「そ、そうだけどっ…」
「だったら、親父さんが言った条件をクリアすれば問題なし」
乱馬はそう言って、あかねの振り払った手を今度は強く掴んで、強引にあかねの身体ごとそれを抱き寄せた。
「きゃ!」
思いもよらない強い力に、あかねはバランスを失って乱馬の胸の中に飛び込んでしまった。
頭がパニックになりそうだった。あかねはすぐに乱馬から離れようとしたが、乱馬は素早くそんなあかねの腰に腕を回して、
「はい、もう逃げられない」
にやりと笑いながらあかねの体を固定してしまった。
「な、何なのよあんたは!あ、あたしをどうする気!?」
ぐっと体を固定されているので、乱馬の腕からは逃げることができない。
あかねは腕の中から乱馬を見上げながら、この意地悪で意味不明な王子に反抗の姿勢を見せたが、
「どうする気って…おめー、ダンスパーティーとか参加した事ねえのか?」
「よ、余計なお世話よ!」
「もしかして一度も?」
「わ、悪かったわね!!どーせあたしはッ」
一体だからなんなのよ!と、あかねは乱馬に向かっていーっと顔をしかめてやった。
すると、
「だったら、いい機会じゃねえか。初めての相手が俺でよかったな」
「何でよッ」
「上手いから」
乱馬はそう言って、喚くあかねをまんまと上手く丸め込んでしまった。
「…」
…一体なんでこんなことに?
男嫌いゆえに、社交の場には出た事のなかったあかね。
結局は早雲の言うとおり王子と踊ってから帰る羽目になりそうだけど、
なんでこんな二人きりで、しかもこんな場所で。
手合せしようって誘ったのに、何故かダンスを踊ることになっているし。
いまいち、自分の置かれている状況を理解するのに苦しむあかねだった。
それに加え、
「…」
女嫌いでパーティさえもボイコットした乱馬が、
一応「女」でもあるあかねと自分から踊ることを提案するっていう方がもっと変な話に思えてならない。

「…変な男」
「お互い様だろ」
「減らず口ばっか」
「それもお互い様」

二人は月光鮮やかな夜のバルコニーで、表向きは遠くに聞こえる音楽隊の音楽に合わせて優雅に、
実際は小さな小さな小競り合いをしながら、ダンスを踊り時を過ごしたのだった。

 

 

しかし。

 

 

ゴー…ン…ゴー…ン…
いつまでも、そんな時間が続いているわけではない。
その内に、腹の底まで響くような大きな鐘の音が、辺り一体を覆うように突然響き始めた。
「あの鐘は…? 」
かすかに聞こえていた優美な音楽が一瞬にしてかき消される。
あかねが乱馬の腕の中でそう彼に尋ねると、
「十二時を知らせる鐘だ。もう、そんな時間なのか…」
「十二時……!」
乱馬は何気なしにそう答えたのだが、あかねはそんな彼の言葉にはっと息を飲んだ。
そう。
十二時は、あかねにとって「タイムリミット」だった。
当初はこんなに長居をするつもりもなかったから気にも留めていなかったが、
ここへ来る前、姉のかすみにドレスを着付けしてもらっているとき、あかねは注意を受けていたことを思い出した。
『このドレスはね、短時間しか美しく発色しないドレスらしくて・・・そうね、だいたい夜中の十二時を過ぎたら、発色が衰えるだけでなくて生地自体もヨレヨレになっちゃうらしいのよ』
だから、十二時までに帰ってくるのよ。かすみは、そういっていた。
あかねは、乱馬の腕から慌ててのがれ、背を向けた。
そして、彼に気づかれないように自分のドレスを見ると、確かにうっすらではあるが、徐々に、徐々にドレスの生地の輝きがなくなってきているような気がした。
「おい、どうした…?」
急に体を突き放され、乱馬が少し戸惑ったような口調であかねに尋ねる。
あかねは衰え始めた輝きのドレスをきゅっと手で握りしめながら、
「あのッ…あたし、帰る!」
と、乱馬に叫んだ。
「え!?な、何で…」
勿論、急に腕から離れられた上に急に拒絶されたような気がした乱馬は、納得いかないのかそう叫ぶも、
「何でも!」
あかねはそんな乱馬の言葉少なくそう叫ぶと、バルコニーから離れ城の入口へと走り出そうとしたが、
「ちょッ…待てよ!」
乱馬がそんなあかねの腕をすかさず掴む。
乱馬にしてみれば、納得いかないままあかねを帰すのは何故か心がはばかられたのだ。
自分が何かしてしまったのなら、謝ることもできるのだが…彼は、そういうところは真面目なのである。
が、あかねにしてみればそうやって足止めを食えば食うほどドレスがみすぼらしいものになる。
年頃の娘にしてみれば、それは耐え難い屈辱であった。
「離して!」
「だから!なんで急に帰るとか言い出すんだよ!遅くなったって理由なら、送ってやるよちゃんと!」
「そ、そうじゃなくて…あ、そう、お、お父さんが病気でッ…」
「嘘つけッ」
「と、とにかくダメなのッ!」
あかねは何とか理由をつけて乱馬の手を離そうとしたが、乱馬の力は意外に強く、そう簡単には離れない。
…かくなるうえは、一つしか方法はなかった。
あかねは、自分が履いていた履きなれないかかとの高い靴をこっそりと脱いだ。
そして、
「…ごめんなさい!」
あかねは心の中と、そして声を出してそう謝ると、乱馬の顔に向って思いっきりその靴を…投げつけた。
「いてー!」
パカーンッ!という音と共に、乱馬があかねから離れて倒れる。
「ごめんなさい!」
一国の王子に対して靴を投げつけて倒す、ということに若干心が痛みつつも、
あかねは、そのまま乱馬の横をすり抜けて走り出し城から逃げ帰ったのだった。
勿論、二人はこんな別れをしたわけなので、お互いの名前を明かさないままであった。

 

 

 

 

「あ!王子!なにやってたんですか、今の今まで!」
…あかねが去ってから程無くして。
バルコニーで、顔についた靴型の跡をさすりながら座っている乱馬の元へ、兵士たちがやって来た。
「王も、王妃も心配してらっっしゃいますよ!…ていうか、大丈夫ですか?何故靴の跡が顔に…?」
兵士たちは乱馬を逃すまい、と彼の周りを囲むようにして立つも、彼の顔についた摩訶不思議な「跡」に首をかしげる。
乱馬は、そんな兵士たちに詳しいことは何も話さず、まだ若干痛むその靴跡をさすりつつも、
その原因をつくったハイヒールを握りしめていた。
「王子?」
一体なぜ、その端正な顔に不釣り合いな「靴の跡」がついているのか?
一体なぜ、女性ものの靴を握りしめて座り込んでいたのか。
兵士たちは怪訝そうな表情でそんな乱馬を見つめている。
「…」
乱馬はしばらく何も言わずに、握りしめた靴を見つめながら何かを考え込んでいた。がそのうち、
「…おい。今日のパーティに呼んだ娘のリストはあるのか?」
「そりゃ…。はッ!?もしや王子、お妃候補を決められたのですか!?」
「そ、そんなんじゃねえ!俺に靴を投げつけやがったあの女に一言言ってやんなきゃ気がすまねえだけだ!」
「は?」
「と、とにかく、この靴!この靴の持ち主を探したいんだ。今日のパーティの招待客、一人一人の家を回るぞ!」
兵士達にそう叫んだ。
女嫌いの王子の、初めての「女性さがし」の命令に、兵士たちも活気を見せた。
とはいえ、兵達も乱馬が靴を投げつけてきた女を探し出そうとしている、とまでは事情を知らないわけで、
国王と王妃である玄馬・のどかにも中途半端な報告しかしない。ゆえに二人も誤解して、
「きっと、気にいった娘が出来たに違いない!」
「乱馬ったら…」
と、城を挙げて、その娘を探し出すような手はずを整えてしまったのだった。
なのでこの話は翌日には城下にもさっそく流れ、

「私も、靴を無くしたね!」
「うちかて無くしたわッ!」
「それは私の靴ですわ!」

…と、家に行く前から城に押しかけては「靴を無くした」と主張する娘が後を絶たなかった。
城に来た娘については、こっそりと別室から乱馬が中をのぞいて顔を確認する。
まあ、ダンスパーティにいやいや来るような娘が、自分から城にやってくるとは思えないので、
城に来る娘たちに関しては、乱馬は期待もしていなかった。
それ以外の娘に関しては、兵士達は毎日家を回り一人一人チェックするのだが、
「…おっかしーなあ。こんなに探しているのに、何であの女にたどり着かないんだ?」
パーティー出席者のリストをあたり始めて、はや1週間。
乱馬の元に、靴にあう女性がいた…という知らせは入ってこない。
この国は、そんなに大きな国ではない。1週間も探せば城下の娘の一人くらいにはすぐにたどり着けそうな気もするのだが…

「王子、招待客のリストは、これで全てあたったのですが…」
「そうか…」

一週間たった日の夜。
兵士の最終報告を受けて、乱馬は自分でも驚くくらい、落ち込んでいるのに自分に気づいた。
そう、 はじめは単に、急に帰ると言い出した上に靴を顔面に投げつけたあの女に一言文句を言ってやろうと考えていた。
だが…自分でもよくわからないけれど、途中からそれだけではないような、気がしていた。
その「よくわからない何か」が、実は「恋」というものであるということに勿論乱馬は気づいていないのだが、
もう一度あかねに会えるのなら、そのよくわからない何かがこう、すっきりするのではないか…そんな気がしていた。
が、こうし城を挙げて探しているのに見つけることができず、さらに考えてみれば彼女の名前すら知らなかった。
何故、あの時聞いておかなかったのか…乱馬はそれが非常に悔やまれた。
「王子、お気を確かに。明日、もう一度リストに漏れがないかどうか確認しますので…」
あからさまに落胆している乱馬を気遣い兵達が声をかけるも、
もう一度リストを見直したところで、見つかる可能性は低いだろう。だいたい、リストを簡単に見落とすような質の悪い仕事を城の兵たちがしているわけないのだ。
「ああ…」
口では兵たちに礼を述べるも、本心では期待することができず、乱馬はうなだれるばかりであった。

 

と、そこへ。

 

「乱馬よ」
別の兵達から報告を受けた玄馬が、やって来た。
「何だよ」
今は小言など聞く余裕がない。乱馬が機嫌悪く振り返り玄馬に答えると、
「見つからなかったようじゃな」
玄馬は、そんな乱馬の心を乱す一言をさっそく放つ。
「うるせーなッ。ほっといてくれよ!」
用がそれだけなら出てけ!…父を父とも思わぬ口調で乱馬がそう叫ぶと、
「まあまあ、落ち着け。実はな、兵達には言い忘れておったのじゃが…招待客のリストには載せていなかったが、わしの知り合い、ということで招待状を出した人物がいるんじゃよ 」
玄馬は機嫌の悪い乱馬を何とかなだめると、そう言った。
「え?おやじの知り合い…?」
「そうじゃ。ワシの古い友人でな。娘さんが三人おって、そのうち二人がもう嫁に行っているんじゃが、残りの娘さんがあまり社交の場に出たがらないらしくて、意図的にリストから削除していたんじゃよ。じゃが、今回はせっかくの機会だし、と思ってな、わしが直接招待状を出したんじゃ」
「で?親父の知り合いってどこに住んでんだよ?城下か?」
乱馬が半分聞き流しながら玄馬にそう尋ねると、
「城下の東に小さな町道場があってな。そこじゃ」
「道場…?」
玄馬のその言葉に、乱馬はピクリと表情を動かした。
それと同時に、急に胸の鼓動が早くなったような気がした。
…乱馬は、あかねと話をしたあの夜の記憶を辿っていく。
確かあの時あかねは…『ね、じゃあ手合わせしましょうよ。私、結構得意なの』と言っていた。
ということは、もしかしたらその町道場と関係があるかもしれない。
真っ暗闇の中に一筋の光が垣間見えた気がした。
「…親父、俺行って来る」
「え?行くってどこへ…」
「だからその町道場!行ってくる!」
可能性があるかもしれないとわかったら、明日までなど待っていられない。
乱馬はそういうが早いか、慌てて城を飛び出した。
「…全く、どうしようもない奴じゃな」
城の兵も、玄馬もそんな乱馬の様子に半ばあきれつつも、
こんな夜も更けてからでも慌てて会いに行くほど、彼女に会いたかったのだとわかったら、止めるのも忍びない。
「仕方ない。では先に使いを出して、乱馬が今から向かう無礼を許してくれるよう彼に知らせておくか…。 おい、そこの君」
「はッ!」
「悪いが、町道場に先回りして、乱馬が今から訪問することを伝えてくれないかね」
「かしこまりました!」
玄馬は近くにいた兵士にそう指示を出し、
「…そうか。乱馬が見初めたのは彼の娘だったか。はは、昔の約束が本当になりそうじゃな」
と、古い友人と若いころに交わした約束を思い出しながら、一人微笑んだのだった。

 

 

 

一方。
「あかねー、城の兵が連日、こないだのパーティに参加した娘の家を回って誰かを探してるみたいなんだけど…」
パーティーが終わってから、一週間。
兵が参加者の家を回って誰かを探している、という噂は町で持ちきりだった。
「まさかあかねが何か仕出かしたのでは…」
ゆえに、早雲は心配してあかねに何度も尋ねていた。
あの夜あかねは、十二時過ぎに慌てた様子で帰ってきた。
ドレスも時間のせいでよれよれになっていたのはあるが、
何よりも気になったのは靴を片方なくしているのにも関わらず、それに気づいた様子もなく走りかえってきたこと。
そして、家に入るなり何度もドアのカギを確認し、まるで隠れるように部屋にこもってしまったことだった。
夜更けに帰ってきたということは、ダンスパーティが楽しかったのか。気になった早雲が何度もあかねに尋ねるも、あかねは言葉を濁すばかりで何も語ろうとしない。
そんな矢先に、町中の噂話を聞きつけた早雲だ。不安になるのも無理はない。
「…別に、あたしは何もしてないわよ」
そんな早雲に、あかねは素っ気ないそぶりでそう答える。
もちろん、王子の顔面に靴を投げつけて城から急いで帰っただけ、とは言えるわけないのだが。
「大方、お妃に目をつけた人でもいて探してるんでしょ。あたしには関係ないわ 」
「あかねー…」
「それより、裏で、明日使う薪を割ってくる」
あの夜、乱馬は夜更けまであかねといたけれど、あかねが帰った後は何をしていたかなど、あかねには知る由もなかった。
恐らくあの後はダンスパーティの方へと参加して、そこでそれなりの娘でも見つけたのだろう。
女に興味はない、とか何とか言ってはいたけれど、所詮は一国の王子。一生独身というわけにもいかないはずだ。
「…」
…当然の展開だ。そして、それにあかねがそれに対し口をはさむ義理もないし、別に興味もないし挟もうとも思わない。
あかねは、改めて「そん噂に興味はないし関係もない」というそぶりを見せて、さっさと自宅の裏庭へと出た。
そして、
「たーッ!」
「せりゃあ!」
…修行がてら、翌朝使用するための素手で薪を割り始める。
道場で修行をしているとき、そして巻を割っているときなどは無心になることが出来るあかねであったが、
今日の巻割をしているあかねは、いささか上の空であった。
勿論考えているのは、先ほどの噂話のこと、そしてあのダンスパーティの夜のこと。
無関心をよそってはいるが、実はあの夜からあの日のことがどこか頭と心の片隅に引っかかっているあかねであった。

男嫌いのあかねが、身体を寄せ合うようにして男の人とダンスを踊った夜。
確かに力の差はあったけれど、本気で嫌がって逃げようとすれば逃げることもできたはずだった。
なのに、そうせずにずっと、あかねは乱馬と一緒にいて踊っていた。
…月明かりの下、 城のバルコニーにいる甲冑の騎士とドレスを着た娘という不思議なシチュエーションが、あかねを普段のあかねとは違うようにしてしまったのか。
あとは、王子の気まぐれ、だろうか。

「…」
相手らしい人も決まりかけていて、更にもう二度とあんな風に会うことはない、
王族…いわば雲の上の存在だというのに、こんな風に考えたところで何になるというのか。
「…」
頭の中ではわかっていた。それなのに、何故かすっきりとしない。
これは一体なんなのか。
今まで経験したことのないその思いの意味が分からず、
ついには巻を割る手を止め、あかねは何度となくため息をついていた。

と、その時だった。

ザッ…ザッ…
不意に、あかねの耳に砂利が動く音が入った。
裏庭にいるあかねの薪を割っているあかねの元へ誰かがやってきたようだ。
この家にいるのは、早雲のみ。しかも夜だ。ほかの誰かがこのような家の裏庭に来ることなど滅多にない。
「お父さん?薪、取りに来てくれたの?割るにはもうちょっと時間が…」
考え事をしていたため、いつも以上に薪を割るのに時間をかかってしまっている。
あかねは地面に散らばっている薪をかき集め、そういいながらふっと振り返ったのだが…

「あ!!」

…振り返った先にいた人物を見て、思わず声を上げてしまった。
そう、そこにはあかねが予想だにもしなかった人物が立っていたからであった。
乱馬だ。
なんと、あかねがあの日投げつけた靴を持った乱馬が、ぶすーッとした顔で立っていたからだった。
ドクン!と、あかねの胸が大きく鼓動した。
それと同時に、持っていた薪をばらばらと地面に落としてしまう。
「…」
乱馬は無言のままあかねのすぐ目の前まで歩み寄る。
そして立ち止まると、じっと、あかねを見つめていた。
「…」
…何故、ここにいるのだろうか。
いや、それよりもいったい何をしに来たのか。
つい先ほどまであの夜のことを考えていたあかねだったが、
いざ本人が目の前に現れると、何を話してよいのか、全く分からない。
あかねが思わず乱馬から眼を逸らすと、
「…親父さん、全然元気じゃねえか」
「え?」
「全然、病気じゃねえじゃねーか」
乱馬はそんな事を言いながら、あかねのすぐ近くまで歩み寄り、
「ほれ、これ、オメーの靴だろ」
そういって、あかねに靴を渡した。
「あ、ありがと…」
あかねがその靴を受取ると、
「俺はなあ、この一週間、ずっとおめーを探してたんだッ」
乱馬はそう言って、あかねが逃げないように今度はガシッと手首を捕まえた。
「な、何よッ…」
「あんなに思いっきり、顔に靴を投げつけやがって!めちゃくちゃ跡が残ったんだぞ、あれから!」
「し、仕方ないでしょッ急いでたんだから…。な、何よ!そんな事を言う為にあんたあたしを探してたわけ!?」
嫌な男ね、とあかねは自分に非があるにも関わらず乱馬に言ってのける。
常識的に考えると、一国の王子相手に靴(しかもかかとのあるハイヒール)を顔面に思いきり投げつけるという非礼を行ったあかねが乱馬に怒る理由など全くないのだが、
今のあかねには、謝るという選択肢が思い浮かぶことはなく、とりあえず突然現れた乱馬に対し何か言い返さないと自分を保っていられなかっただけであった。
そんなあかねに対して、乱馬のほうは一度小さくため息をついた。
そして、
「…お前、名前は?」
「え?」
「だから…オメーの名前だよ」
まるであかねが突っかかってくるのを予想はしていたのか。
あくまでもそれはそれ、とでもいうがごとく、突然話題を変えた。
「ど、どうしてそんなこと聞くのよ…」
まさか、王子への非礼を国中に知らしめて、更に謝りもしないあかねを懲罰に処するとか言い出すのだろうか。
あかねがそんなことを思いながら乱馬に聞き返すと、
「だって、俺はまだお前の名前を聞いていなかっただろ?あの日も、今も」
「…」
「だからそれを聞くために、おめーを探してたんだよ。一週間もかかっちまったけど…」
乱馬は、あかねが考えているような内容ではなく、
ただ単にあの日にし忘れたこと…つまりお互いの名前を知らぬまま別れたことが引っかかっていたようで、
あかねに顔面に靴を投げつけられようが何されようが、それはあまり関係なかったようである。
「名前…」
あかねが、思いもつかなかった乱馬の言葉に戸惑っていると、
「ほら、おめーにだって名前はあんだろ。これはごまかしがきかねえからな。…俺は、乱馬だ」
一国の王子は、あっさりと自分の本名をあかねにあかしてみせた。
「あたし…あたしは…あかね」
そんな乱馬の勢いに押されてあかねも自分の名前をぼそっとつぶやくが、
「でも…あんた、王子じゃない。 呼ぶ機会もないし…そうでしょ?王子様。一週間かかってあたしの名前を知ったところで別にもう…」
そう。一国の王子を、そんな気軽に本名で呼べるわけがなかった。
それに、本名を知っていたところで、そうそう呼ぶ機会などこの先無いのも明白だった。
それなのに、1週間もかけてあかねを探し出し名前を聞き出すだけで満足なのか。王族は暇なのね…とあかねはそんなことを思っていた。
が、
「それが呼べるんだな、これが 」
「え?」
「俺、さっきおめーの親父さんと話したんだけど。修行するってことでここの道場に通わせてもらうことにしたから」
乱馬は、にやりと笑いながらとんでもないことを言い出した。
「はあ!?何でよッ何であんたが…修行!?修行っていったい…」
乱馬の言っていることがちゃんと理解できずに、あかねが乱馬に再び聞き返すと、
「俺、今修行中」
「しゅ、修行って…」
「国王になるためには日々鍛錬が必要なんだよなー。今の道場だとなんか物足りなかったし、それにおめーの親父さん、俺の親父と古い知り合いみたいだし」
乱馬はそう言って、驚いているあかねの頭をポンポンと叩いた。
…そういえば、ダンスパーティの招待状がここに届いたとき、早雲の昔の知り合いが…とかなんとかいってたっけ。

「そ。だから。修行にきてる間は、俺は王子じゃなくて…一人の男。わかったな?」
乱馬はそう言って、驚いているあかねの頭をポンポンと叩いた。
「チョッ…修行だったら、別に他の道場に行けばいいじゃないッ。うちの道場じゃなくたって良いでしょ!?」
「なんで?」
「何でって…こっちこそ、何でよッ。家の道場にこだわる理由なんて…」
あかねがその手を払いのけようとしてそう叫ぶと、
「理由か。しいて言えば…そうだな、男嫌いの変りモンの女を観察してるのが面白いってトコかな」
乱馬はそう言って、あかねが払いのけようとしたその手をガシッと掴むと、
「それに、慣れてないヘタクソなダンスも教えてやんないとなんねーしな」
「何よッ余計なお世話よッ」
「ダンスくれー踊れねえと、嫁の貰い手がねえぞ 」
「うるさいわねッ」
ブン!
あかねは再び乱馬に向って靴を投げつけるが、
「おーっと。今日はそう簡単にはいかねえっての」
乱馬はあかねの投げつけた靴をいとも簡単に受け止めると、
「そうだ。こないだ俺に靴を投げつけたお詫び、まだ聞いてないんだけど?」
乱馬はそう言って、あかねにその靴を返した。 そして、
「あ、いいや。お詫びは聞かなくていいから…」
そんな事を言って、不意にあかねの手を取りそっと…キスをした。
「きゃーッ!何すンのよッ」
あかねが慌ててその手を引っ込めると、
「何って、挨拶みたいなもんだろッ。おめー、ホントに何もしらねえんだな」
乱馬はおかしそうに笑っていた。
「な、何の挨拶よッ」
「だからー…。もう俺に謝んなくてもいいから、その代り”これから宜しく”って意味を込めたんだよ 」
「…」
「俺、明日から毎日くるからな」
そして。 真っ赤になって戸惑っているあかねを置いて、スタスタと乱馬は帰っていってしまった。
「な、な、なんなのよッあの男!」
あかねは乱馬が去った後も一人でドキドキとする胸を抑えて立ち尽くしていたが、

…そっか。あいつ、乱馬って言う名前なのか…。

 

男嫌いなのにいきなりキスされたことよりも、
突然自分の道場に入門された事よりも、
暴言を吐かれたことよりも。
…あかねは、乱馬の「名前」を知ることができた事がなんだか少し嬉しくて。

「はッ…何喜んでんのよ、あたし!冗談じゃないわッあんな男、毎日通われたら迷惑よ」

少しだけドキドキする自分を否定するかのように、あかねは自分を軽く戒めつつ、
「と、とにかく!お父さんに抗議しなくちゃ!」
そんな事を考えながら、慌てて家の中へと走っていった。

 

…こうして。
ひょんな事から知り合いになり、そして強引な乱馬の一存でまんまとあかねの家の道場に入門してしまった彼。
乱馬のそんな行動を喜んだ玄馬・のどかとあかねの父早雲が、 その後、二人の意志を確認することなく、二人を「許婚」にしてしまうまで、そんなに時間はかからなかった。

「だ、誰があんな男と!横暴よ、権力の横暴だわ!」
そう叫ぶあかねをよそに、
「へえ、そりゃ面白いな」
・・・意外にまんざらでもなさそうな、乱馬。 毎日宣言どおり道場に通ってきては、乱馬は修業という名目がてら、あかねをからかって遊んでいるのだった。

 

しかしこの後数年ほどして、
出会い方はともかくこの二人、本当に結婚して幸せに城で暮す事になるのである。
その、結婚までのおかしくも不思議な運命の物語のお話は、…この後語られることになる。


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