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処方箋

「あら」
「あ」

時刻は、夜九時。
大体のメンバーが食事も済ませ風呂にも入り、通常ならばそれぞれのレッシャーの中でゆったりと過ごしている時間である。
そんな時間帯に、ミオとヒカリは、烈車内のとある場所の前で鉢合わせた。

その場所は、ピンクレッシャーのドア前。
正確にいうと、ミオがカグラのレッシャーの中から出てきたところ、ちょうどそこにやってきたヒカリと出くわした、というのが正しい表現となる。

「ヒカリも、看に来てくれたの?」
「え?あ、いや…」
「そうじゃなきゃ、こんな時間にここにいないよね」

ドアの前でバツの悪そうな表情をしたヒカリに、ミオが小さく笑いながらそう言った。
…実は、今日の午後からカグラは体調を崩し…とはいっても、完全に風邪なのだが…このピンクレッシャーの中で休んでいるのだ。
食事はワゴンが運び、風邪薬をカグラに飲ませがてら、ミオがちょくちょくと様子を見に行っていた。
それに、

「ヒカリが来る前に、ライトがお菓子をたくさん持って看に来たし、トカッチも山ほど本を抱えてカグラを看に来たのよ」

ミオ以外にも勿論カグラを心配したライト達が、それぞれのタイミングで既にカグラを看まわっていたようである。
ただそれに関しては、

「…トカッチはともかく、ライトと明はもっと反省するべきだよ」
ヒカリは、少しだけ表情を曇らせながらそう呟いた。

というのも、カグラが風邪を引いたのには訳があるのだ。

今日は景色がいい場所を烈車が走っていた為、車掌の粋な計らいで、二時間程停車をすることになった。
その時、近くに有名な「修行滝」ある、というのを何かの雑誌で見たトカッチがぽろっと話したのを聞いて、ライトと明がそこへ向かったのである。
それにカグラもくっついて行ったのだ。

二人がそこに行くということは、当然滝に打たれようとしていること。
いくら夏だとはいえ、山間部で滝が落ちているような場所は肌寒い。
肉体派と体育会系の明とライトはともかく、そういうのとは無縁なカグラが滝に打たれるなどとんでもない。
当然、ミオもトカッチも、そしてヒカリもカグラを引きとめたのだが、

「大丈夫!修行僧になりきって、頑張るー!!」

…なりきりガールは、いかなる場合もポジティブ。
ヒカリ達の忠告を聞かないまま、カグラは明とライトについて修行滝へと行ってしまったのだ。
そうして約二時間後。三人は烈車へ帰ってきたのだが、

「あれ?カグラ、何か顔、赤いよ?」
「へ?」
「熱測ってみたら…やだ、三十九度もある!」

山奥の冷たい滝に打たれて、身体をちゃんと乾かさないまま山道を歩いて帰ってきたせいか、カグラは熱を出して寝込む羽目になったのだった。


「まあ、止めたのについて行ったカグラも悪いんだけどね」
「それはそうだけど…でも、もっと配慮してあげるべきだったんだよ」
「まあ、カグラは女の子だしね。だから、じゃないんだけど、カグラが寝込んでしばらくして、明君がまずカグラの所にお見舞いに来たのよ」

カグラが風邪を引いた原因について不満を漏らすヒカリに対し、二人を庇うわけではないけれど、ミオがすかさずフォローを入れた。
「明君ね、カグラに申し訳ないと思ったのか、カグラが好きそうなものを買ってきてくれたんだよ」
「好きそうなもの?」
「そ。ほら…あれ」

ミオはそう言って、ピンクレッシャーの扉を少しだけ開けた。
ヒカリがそこから中を覗くと、カグラが横たわってるベッドの脇のテーブルに、何やら一匹の…猫のぬいぐるみが置いてあった。
ふわふわの毛に、くるりんとしたまん丸の大きな目。首には金のリボンで首輪もあり、猫の手にはしっかりと肉球もついているように見える。
かなりファンシーな装いだ。

「…カグラが好きそうなのはともかくとして、あれを明君が選んで買って、更に抱いてここまで持ってきた事を考えると、失礼だけど笑っちゃうんだよね」
ミオはそう言って、声を殺して笑っていた。

明はあのいかつい外見やガサツな態度とは裏腹に、猫、しかも子猫に対しては笑顔も見せるし並々ならぬ愛情を注いでいるらしい。
それは以前の明の態度を見て知ってはいたけれど、今回のこのシチュエーションで再びそれを見るとは、確かにちょっと面白い。

「カグラに渡したらカグラは喜んで、すぐにベッドのそばに置いたんだよ。明君は、『大したものではない』とかなんとか言ってたけど、でも部屋をでる時、何度もぬいぐるみの方を振り返って名残惜しそうだったなあ。猫ちゃんと別れたくなかったのね、きっと。買っておいて何だけど」
「…それ、お見舞いになるの?」
「一応は、なるんじゃない?それにライトも、早く元気になれよって、自分の好きなお菓子を大量にカグラの部屋に持ってきてくれたしね。あの二人なりに、一応は反省しているのよ」

ミオはそう言って、再びレッシャーのドアを閉めた。
そして、

「…で?ヒカリもカグラの様子を見に来たんでしょ?カグラ、さっき眠っちゃったから、話は出来ないかもしれないけれど、顔だけでも見て行けば?」
「え、いや、別に俺は…」
「ここまで来て何言ってるのよ。それに、カグラもまだ熱はあるけど少し落ち着いたから、私も休もうと思って。ヒカリ、後お願い」
ミオは笑顔でヒカリの肩を叩くと、一方的にそう言って、さっさと自分のイエローレッシャーへと戻って行ってしまった。
他のメンバーとは違い、何も持たずにここへやって来たヒカリを見て、彼が純粋にカグラを心配し、本当に様子を見に来たのだと、ミオは勘付いたのだろう。

そう言った配慮や、嫌味にならない気の回し様はさすがの一言だ。
それに、ミオがそう言ってくれたと事で、ヒカリがカグラの部屋に入りやすくなったのも、ある。
ヒカリはミオに心の中で感謝しつつ、中のカグラを起こさないように静かにドアを開け、中に入った。

******

微かな明かりだけついたピンクレッシャーの中は、いつも元気なこの部屋の主が病に伏しているのを受けてか、不気味なほど静かに感じられた。
部屋を見渡すと、小さなソファの上にはライトが持って来た大量の菓子と、トカッチが持って来た漫画が山積みにされていた。
ちらりとその本タイトルを見ると、中々どうして、感動的で涙なしではみられない、と世間で騒がれた作品ばかり。

…病人泣かせてどうすんのさ。

でもそこがトカッチらしいというか。ヒカリは小さくため息をつきながら、ふっと、カグラの横たわっているベッドへと目をやった。

ベッドの横には、例の猫のファンシーなぬいぐるみがあった。
もこもこふわふわな子猫のぬいぐるみは、確かにカグラも好きそうだが…それ以上にきっと、明が好きなのだろう。
ミオが言うとおり、確かにこれを明があの風体でクールに購入し、きっとここに来るまではニコニコしながら抱いて持ってきて、
それを悟られないようにカグラに渡し、子猫との別れを名残惜しげに振り返りつつ、去っていく。
死にゆく俺に、お前はきっと似合わない…とかなんとか言いながら。
…そんな明の姿を思い浮かべたら、ヒカリも何だか少し可笑しくなった。
勿論、今はそれで楽しんでいる場合ではないのだけれど。


ヒカリは何とかそれを堪えつつ、ようやく横たわっているカグラへ目をやり、ベッドの傍に腰を下ろした。
そっと額に手を当てると、まだ少し、熱いような気がする。
ここに来る前にワゴンに少し聞いたら、食欲はまだないようだ、とのことだった。
どうやら顔色はそれほど悪くないけれど、熱もまだあるし、まだまだ病魔はカグラの華奢な身体を蝕んでいるようだ。

「…全く、俺の言うこと聞かないから」
そんなカグラの額から頬に優しく触れながら、ヒカリはぼそっとそう呟いた。

と。

「…ごめんなさい」
そんなヒカリの呟きに、カグラがそう返してきた。
不意な事で、え?とヒカリが驚いていると、

「楽しかったけど…結局みんなに心配かけちゃった…」

寝ていたはずのカグラが、ゆっくりとそう言いながら目を開いた。
どうやらヒカリの気配で目を覚ましたらしい。

「ごめん、起こしちゃって…俺、もう行くよ」
具合が悪くて寝ているのに、起こしてしまった。ヒカリが慌ててそう呟くと、

「ううん、いいの。ちょっとウトウトしていただけだし、それに…心配してくれて、ありがとう」
カグラはそう言って、ゆっくりとベッドから身体を起こした。
ヒカリはそれをさりげなく介助してやりつつ、
「…気分は?」
カグラの頬に手を当てカグラに尋ねると、
「うん、昼間よりはだいぶいいよ…でもまだちょっと、頭がぼーっとするかな…」
いつも元気なカグラとは違い、ゆっくりと穏やかにヒカリの問いにそう答える。

「あのさ、なりきりもいいんだけど…無理はしちゃダメだよ」
ヒカリはそんなカグラの頭を優しく撫でながら、カグラにそう言った。

そう。別にライトや明とどこかに出かけることに対して、嫌な顔などはしないし反対もしない。
でも…流石に滝修行に一緒についていくのはどうかと思ったのだ。
それは、いくらカグラが「修行僧」になりきったとしても…根本的な体力ステータスがあの二人とは違いすぎる。

「…うん」
「自分が出来る範囲で、遊ぶこと。いい?」

ヒカリがカグラに改めてそう言うと、カグラは「うん」と答えた。

カグラがやりたいことをやるのは、ヒカリも応援する。
でも、自分が出来る範囲で、無理なく楽しくやってほしい。誰かを大事にするように、自分も大事にしてほしい。…ヒカリはそう思っているのである。
カグラもそれは察した様なので、素直に頷いていた。
ヒカリは「よし」とそんなカグラの頭をぽん、と叩きながら笑顔を見せると、

「…じゃあ、俺、行くね」
そう言って、ドアの方へと向かおうと立ち上がった。
が、そんなヒカリの服の裾を、不意にカグラがきゅっと引っ張った。

「ん?」
ヒカリがカグラを振り返ると、

「…もうちょっと、居て」
「え?」
「もうちょっと…」

カグラはそう言って、ヒカリをじっと見つめていた。
ヒカリがカグラのその言葉に戸惑っていると、

「皆来てくれて、でもヒカリ来なくて…会いたいなって思ってたら、やっと来てくれたから…」
だから、もうちょっとだけ、傍にいてくれる?…カグラはそう言って、ぎゅ、と服を掴む力を強くした。
そんなカグラの態度に、ヒカリの胸がドクン、と大きく鼓動する。

…それ、どういう意味?カグラ。
単純に、皆が来て俺が来なかったから、最後に会えて嬉しかったって意味?
それとも…


色々なことを一瞬で考え、ヒカリの頭は混乱しそうだった。だが、
「…」
とりあえずヒカリは、そんなカグラが掴む手を、外した。
その行動にカグラの表情がさっと曇るが、勿論それは拒絶する為ではない。
カグラの傍に改めて腰かけて、話をするためだ。
ヒカリはゆっくりとカグラの傍に腰を下ろした。そして、

「…しょうがないな。でも、具合悪くなったらすぐに言いなよ?」
本当は全然しょうがなくなんてないのだけれど、気持ちと裏腹にそんな言葉が口を出る。
それを若干悔みつつも、ヒカリはカグラにそう言った。
その答えに、先程一転カグラはぱあっと表情を明るくすると、嬉しそうに頷いた。

「…」
そんなカグラを見ながら、ヒカリも嬉しく思う。
ただ…それと同時に、今更ながらだが、他の面々の様にお見舞いの品を持ってこなかった事を後悔した。

本当に当初はちょっと様子を見るだけ、寝ていたらその姿を見るだけ、などと考えていたし、
食事もとれないような状態で食べ物を差し入れるのも何だし、
寝ているから本は読めないし…だいたいヒカリが読んでいる様な本をカグラが楽しく読めるとも思っていないし、
それならば様子を窺うだけにするのが一番良いのではないか、と思ったのだ。

こうして話しているだけでカグラが喜ぶならそれでもいいけれど、
でも、いくら彼女を思って手ぶら出来たとはいえ、他の面々が持ってきた品物に囲まれて話をしていると、少しだけ、焦る。
自分も何か…今更だけどあげることはできないだろうか。
やがてヒカリは、カグラと話しながらそんなことを悶々と考え始めた。

そして…考えて考えて、ようやく思いついたことがあり、
ヒカリはタイミングを見てそれを口にしようと試みた。
その為に、まずはベッド横のテーブルに置いてあった猫のぬいぐるみをくるん、とひっくり返して倒す。

「ヒカリ、どうしたの?あ、その猫ね、明君がくれたんだよ」
猫が急にひっくり返ったので、カグラはその猫についてヒカリに教えてくれた。

「うん、知ってる。ミオに聞いた」
「可愛いよね、その猫」
「そうだな。…ねえ、カグラ」

そんなカグラに、ヒカリは一瞬迷うもすぐにそれを振り切って、そう声をかける。

「なあに?ヒカリ」
カグラはヒカリに笑顔で答えた。ヒカリはそんなカグラをじっと見つめると、

「あのさ…俺、皆みたいにお見舞いの品、持ってこれなくて、ごめん」
「え?そんなのいいよ!ヒカリが来てくれたことが、私、嬉しいんだもん!」
「…その代り、じゃないんだけどさ。ちょっと考えたことがあって」
そう言って、無防備に布団の上に置かれたカグラの手を取って、ぐいっと自分の方に引き寄せた。

「きゃっ…」
カグラの華奢な体は、あっという間にヒカリの方へと引き寄せられる。
ヒカリは、引き寄せたカグラの少しだけ熱い額にゴチ、と自分の額を当てると、間近にあるカグラのその顔に向かって、小さな声で呟いた。

「…あのさ」
「うん」

喋るだけで、お互いの呼吸をすぐそこに感じる。
せめて、早鐘のように鼓動する自分の胸の音だけは、聞こえませんように…ヒカリはそっとそう願いつつ、ヒカリのこの仕草に驚きつつも、受け入れようとしているカグラに、再び優しく語りかける。

「皆みたいにお見舞いの品はあげられないんだけど…その代り、考えた」
「考えたって…?何を?」
「処方箋」
「しょほうせん…?お薬ってこと?薬はミオちゃんに貰って飲んだよ」
「ううん、薬じゃないよ。薬じゃないけど…カグラの風邪、治す処方箋をあげる」
「え?」
「カグラの風邪、俺が全部貰ってあげるってこと」
「貰うって、どうやって…?」
「…こうやって」

…ヒカリはそう言って、自分に問いかけたカグラの唇にそっと、自分の唇を押し当てた。
それはとても熱くて、柔らかくて…今にも蕩けてしまいそうな感覚だった。

「は…」
と、不意に唇を塞がれて、カグラが吐息を洩らした。
ヒカリはそんなカグラの、その吐息までも奪うかのように…一瞬唇を離すも、再び唇を押し付ける。
少し離れて、再びまた吸い付くように触れ…幾度となく、繰り返す。

「…」

時計が時を刻む音、烈車がレールの上を絶えず走っていく音。
でも色んな音がそこかしこにあるはずなのに、不思議と耳には入ってこない。
入ってくるのは、時々唇から洩れる吐息だけ。
おまけに、先程ベッドサイドに置いてあった猫はひっくり返して伏せたので、誰に今の二人を見られているわけではない。
…ピンクレッシャーの中には、しばらく二人だけの静かな時間が流れていた。




と。





…一体、どれくらいの間それを続けていただろうか。
お互いそれが分からないまま、つ、と離れた。

「…」
ヒカリも、カグラも、手は触れ合っているものの、思わずどんな表情をしてよいのかわからず、俯いてしまう。

時間が経つにつれて、自分が言ったこと、したことをより冷静に考えることが出来る。
ヒカリは今更ながら、自分の大胆な提案に自分でも驚いていた。
一方的にこんな事をしてしまったけれど、カグラは大丈夫だったのか。ヒカリは急にそんな不安に襲われた。
だが、

「…これじゃヒカリに、風邪、うつっちゃうね」
カグラがそう言って少し微笑んだことで、自分のこの行為をカグラも好意的に受け入れたんだと感じ、ヒカリは少し安堵した。

「…言ったろ?俺が全部貰うって」
ヒカリは、再びカグラの額に自分の額をくっつけながら、そう呟いた。
カグラはそんなヒカリの顔を上目使いで見つめながらゆっくりと瞬きをすると、

「じゃあ熱、下がったかな…?」

と言った。
触れている額からは、高熱ではないにしろ、微熱程度があるかな?とは感じる。
この程度なら眠れば下がりそうな気はするが、そこは答えず、ヒカリは少しだけ考えた。
そして、

「…もうちょっと俺が貰わないとだめかも」
と、カグラに答えた。
カグラはそんなヒカリの問いに一瞬「え?」という表情をするも、すぐにその言葉の真意を悟ったのか、

「じゃあ、もう一度貰って…」
そう言って、そっと目を閉じた。
ヒカリはそんなカグラの様子に再び胸を大きく鼓動させつつ、改めて…カグラのその唇に自分の唇を押し付けた。


…こんなことをして、本当にカグラの風邪を全部貰うことが出来るかなんて、解らない。
でも、今自分がカグラにしてやれることなんて、これぐらいしかない。

「…明日になったらきっと、良くなるよ」

ふっと唇が離れた瞬間、ヒカリはカグラにそう囁いた。
カグラは熱のせいなのか、それともこの行為のせいなのかは判らないが、
頬をピンク色に染め上げながら小さな声で「うん」と答えると、自分に触れているヒカリの手に、そっと触れていない方の手を添えるようにして、微笑んだ。
そして二人は、再び唇を重ねる。





…頬が落ちそうな美味しい菓子も、話題の本も、愛らしいぬいぐるみも渡すことは出来ないけれど、
どんなに酷い風邪でも絶対に治すことが出来る、世界で一つだけの「処方箋」を、君に。


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