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貴方の瞳に浮かぶ月

 今日は、本当に色々あった。
  とはいえ、「色々」という言葉では表現しきれない程濃い内容の一日に、私は大きなため息を一つつく。

 月にまつわる遺跡を見に行ったと思えば騙されて閉じ込められ、ルークさんは呪いにかかり、そうこうしている内にユメクイも現れた。それでも遺跡から出ることが出来て、一旦街に戻ったけれど再び現れたマリスと、そしてカーサ達により、街の人たちの希望の木が切られ、そして最後は街の人が犠牲になって……。
  ……

 自分の無力さを痛感し、でもそれと同時に失いかけたものは必ず取戻し前に進むことを誓った日でもあった。とにかく色々な事がありすぎて、完全に自分のキャパシティを超えているのだけは、分かっていた。

 

 辺りは完全に日が落ちて、空には下限の月が昇っている。
  今はもう、人々は既に眠りについている時間だ。
  だけど、この一日を経てどうしても眠りにつくことが出来なかった私は、そっと部屋を抜け出して、宿の屋上へとやってきてこうして時間をやり過ごしていたのだ。

 身体が疲れていない訳ではなかった。いや寧ろ、内容が濃い一日のせいで身体どころか気持ちも疲れ果てているのが事実。それでも眠ることが出来ないのは、きっと身に起こったさまざまな事を、私の中で全く消化しきれていないからなのだろう。

 皆もナビも私の事を「強くなった」というけれど、この状況を鑑みるとその言葉はまだ、私には適切でない様な気がした。

 ……何か、落ち着かないな。

 そんなことを思いながら、私は屋上に設置されているベンチに腰掛け空を見上げた。月の光が私の目に静かに降り注ぐ。

 砂漠地帯にある街は、夜はそれなりに気温は下がるけれどもそれでもどこか、蒸し暑い。
  ただ空に昇る月だけは、不思議なことに凍てつくような冷たい美しさを醸し出してこの地上を照らしている。

 私の目に降り注いでくるその光も、何となくそれと同じような気がして……瞳を通して身体が少し冷やされる。そしてそのまま昂って収まりの付かない気持ちをも冷やしてくれる。そんな事を思っていた。

 と、そんな私の背後で一瞬、空気が動いた気がした。

 ユメクイだったらどうしよう。いやそれよりもこんな人々が寝静まった時間に誰かと出くわす方が、今は怖い。

 私は少し表情を強張らせて背後を振り返った……が、すぐにほっと息を突く。
  何故ならそこに立っていたのは、アヴィだったから。

「どうしたの? こんな時間に」
「その言葉をそっくりそのまま返すよ。何してんだよ、こんな時間に。眠れないのか?」
「うん……アヴィも?」
「ん? ああ、まあ……そんなとこかな」

 街の人、というか宿の方の好意で、汗と砂でべたべたになった私たちの服は、明日の朝には乾くようにと選択していただけることになった。

 なので、アヴィも私も、今はこの砂漠の街に昔から伝わる伝統的な衣装を身に纏っている。

 白い布をモチーフにした、風通しの良い素材の服。男性が上着にスラックス系のパンツを合わせるのに対し、女性はワンピースに腰ベルトをつけるようなスタイルの服だ。

 蒸し暑いながらも時折辺りに吹き込む風に、アヴィと私を包む白い布がふわりと靡いている。

「何か慣れねえな、この服。白葉とヒナタはご機嫌で着ていたけれど」
「そうなの? 確かにあの二人、似合いそう。アヴィも良く似合ってるよ」
「そうかな」

 アヴィはそう言って少し照れくさそうに頬を指で掻きながら、私の隣……とは言っても少し距離をとり、ドカッと腰を下ろした。

 男性陣は私とは違う階に部屋をとっていて、二部屋に別れて宿泊している。
  片方の部屋の様子は分からないけれど、アヴィと同室の白葉さん・ヒナタ・紫雨さんについては、既に眠っているらしい。
  まあ他のメンバーも、時間的に眠っていてもおかしくはないはずだ。なんせ、

「……今日、色々あったね」
「ああ」
「ルークさん……ちょっと落ち着いたかな」
「とりあえず、メディがルークの枕元に例の絵を貼ってたけどな」
「あ、あれ……」

 例の絵、とは遺跡で呪いにかかったルークさんの呪いを「祓った」とされるメディさん渾身の作品のことだ。

 砂漠の中にある遺跡の中で、一人はぐれたルークさん。再び出会った時には、彼の瞳に怪しげな月の光が宿り……彼の身体は呪いで蝕まれていた。
  「美しいもの」に対して異常な執着をみせるルークさんに、私を始め皆はかなり振り回された。あげく、ルークさんは私を連れてその場から走り去り、迫られているところを間一髪追いついたアヴィ達に助けてもらった。
  その後、友を想うがゆえに怒りをあらわにしたメディさんのおかげで、ルークさんの身体を蝕んでいた呪いは消えた。

 でもナビいわく、消えたのは「呪いの悪い部分」ではないかと。ほんの少しだけ、以前のルークさんとは違う部分も残しつつ、その呪い事件は一応終結を迎えたのだった。

「全く、妙な呪いだったぜ」
  アヴィが眉を顰めながらそんなことを呟いた。私はクスリと小さく笑いつつ、

「ルークさんに迫られたアヴィ、目が座ってたもんね」
「危うく斬り捨てるところだった。ったく、思い出しても鳥肌が立つ」
「あの時のルークさんは、月の光に魅入られた呪いがかかってしまってたんだもん。許してあげてよ」
「月の呪いねえ……」

 月って厄介なもんなんだなあ。アヴィが空を見上げながらため息をついている。
  相変わらず空に浮かぶ下限の月は、白く美しく、私たちを照らしている。私はそんなアヴィに「そうね」と応えつつ、

「でもね、アヴィ。私がいた世界では、月って色んな意味があったんだよ」
「意味?」
「そう。例えば……男性が愛を告白する時、『月が綺麗ですね』って伝えることがあるんだよ」
「はあ? 何だそれ」

 当然ながら、アヴィは驚いた表情をしている。

 そう、こちらの世界とは別の次元であった私が暮らしていた世界では、国独特というか、いわゆる風流であり雅な習慣も多かった。
  この「月が綺麗ですね」=あなたを愛している(I LOVE YOU)というのは、明治時代にかの文豪・夏目漱石が教師として教え子にそう説いたのがいわれとされている。

 教え子が、I LOVE YOUを「我、あなたを愛す」みたいな感じで訳したのをきいた漱石が、「いや、日本人の男子たるものそんなことをいわないって。月が綺麗ですね、とでも訳しておきなさい」と説明したと、私は聞いたことがある。
  これは、日本人の男性は、「あなたを愛している!」と相手におおっぴらに言わない気質であり、代わりの言葉で愛を伝えるのではないか、という考えからそうなったようだ。

 勿論、私がいた世界の文化や偉人、国民気質など知る由もないアヴィにすべてを話したところで伝わらないことは明らかなので、私はかいつまんでアヴィにそれを説明した。
  案の定アヴィは「ふーん」と曖昧な返事を返してきたものの、

「良く分からないけど、でも面白いな」
「そうだね。だからね、月は呪いだけじゃなくて、色んな場面で使える便利なものってことだよ」
「そうだな。それに、こうやって見上げて眺めて時間をやり過ごすための道具にもなる」
「うん」

 と、それなりに理解した様子ではあった。

 今日は下限の月だけれど、どんな形でも月はそれなりに美しい。

 月の呪いに怯えて疎むだけではやはりもったいない。今日の事は今日の事で心にとどめ、今は単純に美しい姿の月を眺めて楽しもう。私たちはそのまま、しばらくは空に浮かぶ月を見上げて他愛のない会話を交わしていた。

 でもその内、また何かのきっかけで、私たちはルークさんの呪いの話題を話し始めた。

「ねえ、もしもあの時呪いにかかったのが他の人だったらどうだったのかな」
「他の人? 例えば」
「例えば……そうね、例えば紫雨さんだったら」
「その場で取り押さえられるだろ」
「メディさんだったら?」
「ルークに任せる」
「ヒナタだったら?」
「ガキには負けねえよ」
「じゃあ白葉さんだったら?」
「あー……カイリも含め、その二人は厄介だな」

 でも負けねえけどな、と最後にアヴィは付け加えてにやりと笑う。
  確かにアヴィは誰が相手でも何とかしそうだね、と私もアヴィに微笑みつつ、

「じゃあ……アヴィだったら?」
「俺?」
「そう。もしあの時呪いにかかったのがアヴィだったら……どうなってたんだろうなと思って」

 私はそう言って、そっと目を閉じて想像してみた。
  ……あのルークさんでさえ、周りがビックリするような行動をしたのだ。アヴィだったらどうなるんだろう、と。

「……アヴィは強いし足も速いから、追いかける方も大変だよね」
「まあな」
「アヴィもルークさんみたいな感じで……」

 私はそこまで呟いて、ふっと口を噤んだ。

 話をすることが楽しくてそちらに集中してしまっていたから気が付かなかったけれど、ベンチに腰かけている私たちはいつの間にかその距離が縮んでいて、ベンチに無造作に置いていたその手が触れ合う距離まで近づいていたようだった。

 私の指が、ベンチに置かれていたアヴィの指に軽く触れてしまった。だから驚いた私は、思わず口を噤んでしまったのだ。
  でもアヴィは全くそれを気にする様子もなく、

「さあ、どうだろうな」

 そう言って、私が一瞬離した指の上に……逆に自分の指を重ねてベンチへと降ろした。

 それだと、偶然触れているというわけではなく意図的に触れて……私がそう言おうとアヴィを見るも、アヴィはそんな私に気付いているのか気付かないようにしているのか、相変わらず空を見上げてそこにいる。

 空の月は相変わらず凍てつく光を降り注いでいるというのに、重なる指と指はとっても熱い。

「他の人が追い付くまでに時間もかかりそうだし、アヴィにもし迫られたら……」
「……逃げられないだろうな。というよりも、多分逃がさない」

 そう呟いたアヴィの声が、先程よりも少し低いように感じた。私はそんなアヴィの横顔をそっと盗み見る。

 空を見上げているアヴィの瞳に、下限の月が映りこんでいた。
  何かを考えているのか、少しぼんやりと光るその瞳は、何だかあの遺跡の中で見たルークさんの瞳にも似ているような気がして、私の胸が少し早く鼓動する。
  アヴィは自分を見ている私に気が付いたのか、視線をふっと私に移す。

「……」
  言葉を交わすことなく、私たちの目線が絡み合う。
  私は思わず、アヴィに触れられている指をきゅっと丸めて力を入れた。
  アヴィはその私の丸めた指ごと大きな手で包み込むと、もう片方の手で私の頬に軽く触れた。
  そのくすぐったい感覚に私がびくんと身を縮めると、

「……なあ」
「あ、うん……」
「……」

 アヴィはそこまで言うと、一瞬次の言葉を躊躇したかのように見えた。でも意を決したのか、一瞬だけ自分の唇を噛みしめるような素振りをしたと、再び口を開く。

「……月が」
「月?」
「……月が綺麗だな」

 アヴィはそう言って、下限の月を映しだしたままの瞳で私にそう語り掛けた。

「ああ、うん……綺麗だよね。満月だったらもっと綺麗よね、きっと」
  そんなアヴィに対し、私は単純にその言葉の身を捉えて答えを返す。
  アヴィは一瞬驚いた表情をするも、直後小さなため息をつき……私に触れていた頬の手でその頬を軽く抓った。

「いたっ……何するのよ!」
「何するの、じゃねえよ」

 抓られた私よりも何だか拗ねた表情をしているアヴィはため息交じりにそう言うと、

「それより、そろそろ部屋に戻ろうぜ。もう休まないと流石に明日に響く」
「あ、う、うん……そうだね」
「ムーンロードが現れるのは数日先だけど、明日は明日でまたやらなくちゃいけないことがあるからな……」

 そう言って、ベンチからすっと立ち上がった。

 触れていた手をそのまま掴み、アヴィは私もさりげなく立ち上がらせる。ただのベンチから立ち上がるだけなのに、何だかエスコートされているみたいで少しだけこそばゆく感じる。でも、決して嫌ではない。

 私は深夜で人気のない廊下を、そのままアヴィと手を繋いだまま歩いて部屋まで戻った。
  そして、私の部屋の前まで送ってくれたアヴィにお礼を言い、その手をそっと離す。

「アヴィ、今夜はありがとう」
「いいや。俺も何だか寝付けなかったし」
「色んなことがあって、色々考えたりしていたから、アヴィとお話出来て楽しかったよ」

 私はアヴィにお礼を言い、何気なしに今夜アヴィと過ごした楽しい時間を思い出す。

 内容の濃い一日の話、月の話、月にまつわる、私が元いた世界の話……それを思い浮かべた時、私はハッと息をのんだ。
  そして思わず口を両手で覆う。そう、私は……そこでようやくやっと気が付いたのだ。

『でもね、アヴィ。私がいた世界では、月って色んな意味があったんだよ』
『意味?』
『そう。例えば……男性が愛を告白する時、『月が綺麗ですね』って伝えることがあるんだよ』
『はあ? 何だそれ」
……

 ……そう話したのは、私だったのに。どうして私は、気が付かなかったんだろう。

 月が綺麗だな。そう言って頬に触れていた彼の言葉の意味を、どうしてあの時流してしまったんだろう。
  その直後に少し拗ねた表情で頬を抓った彼のその行動の意味。それが漸く分かった私は、急に気持ちが落ち着かずに呼吸も荒くなる。

「あ、アヴィ……」
  本当に今更だとは思うけれど、私は口を両手で覆ったまま目の前のアヴィを見つめた。
  いや、見つめたはいいけれど、きっと視点は泳いでいるんじゃないかと思われる。急激に体温が上昇してきっと顔どころか耳まで赤くなっていることは間違いないだろう。

「……」
  アヴィはそんな私をため息交じりの表情で見つめると、真っ赤に染まった私の額にピン、と軽くデコピンをした。

「……遅せーよ」
「だ、だって!」
  言い訳にならない言い訳を口にしようとする私に、アヴィはもう一度だけ軽くデコピンをする。

 私は「痛い」と顔をしかめるも、そんなアヴィに対し、

「あの……」
「……何だよ」
「……月は前から綺麗だと……私も思う……」
「……」
「だから、私も月は綺麗だと、思う。……おやすみなさい!」

 せっかくの機会をスルーしてしまった罪は、デコピン二回で勘弁してもらうことにして、私は私なりの答えをアヴィに伝えた。
  でも伝えたはいいけれど、どんなに言葉をぼやかしているとはいえ、恥ずかしい。

『私も前からあなたの事が好きでした。私もあなたが好き』

 そう伝えたとの同じなのだから。
  アヴィにそれがちゃんと伝わったかどうかは分からないけれど、とりえず返事はちゃんと返したから。私は恥ずかしさを誤魔化すために、すぐさま自分の部屋に入ろうと素早くドアの鍵を鍵穴にいれようとするも、手が震えて鍵を床に落としてしまった。

 ああ、もう私のドジ! ここはスマートに部屋へ入るべきとこなのに!

 私は自分のドジさを呪いつつすぐさま鍵を拾おうとするも、そんな私よりも早くアヴィが部屋の鍵を拾った。
  そして手が震える私の代わりに鍵でドアを開ける。

「あ、ありがとう……」
  御礼を言う私に、アヴィは何も言わず鍵を手渡した。そして、「姫」と不意に私の名を口にする。

「アヴィ」
  何?……そう続けようとした私の唇に、ふんわりとした何かが一瞬舞い降りて、そしてすぐ離れた。
  目の前のアヴィを見ると、前髪に隠れて完全にその表情は伺うことは出来なかったけれど……頬が赤く染まっている事だけは分かった。
「……」
  え、今もしかして。アヴィの表情と、唇に残る感触。二つを結び付けて状況を把握した私がアヴィを見つめると、

「……続きはまた、今度」
「う、うん……」
「……おやすみ」
「お、おやすみ……」

 アヴィは、自分同様頬を染めている私の頭を大きな手でぽん、と軽く叩いて撫でた後、自分たちの部屋へと戻って行ってしまった。

「……」
  いつもと変わらないはずの後姿。それなのに、どうしても今は目が離せない。
  彼を見送っているだけなのに、先程の事を思い出すたびに胸がばくばくと音を立てて早打ちしている。
  私は彼の姿が見えなくなるまでその場に立ちつくし、やがて部屋に入ってベッドの上に仰向けに寝転ぶ。

 

 

 今宵の月は、下限の月。凍てつく美しさで人の心を魅了する。
  貴方の瞳に浮かんだ今宵の月は、どんなものを貴方に宿したのだろう?

「月が綺麗だな」

 その言葉は、月の呪いからなのか。
  それとも……月は関係ない彼の純粋な思いなのか。

 旅の最中も、何かある度に私を気にかけて声をかけてくれるアヴィ。
  優しくて、頼りになるその彼を思えば、呪いという一言でこの行為を済ませたくない気持ちが、もちろん私には強い。
  あの時彼に伝えたように、だって私はもうアヴィの事が……
  ……

「……」
  ……時間が経っても、先程一瞬だけ触れた唇の感触は消えるどころか強くなる。

 さっきとは違う意味で、今夜はやはり落ち着かない。私はそっとその唇を指で撫でつつ、ベッドの上で大きなため息をついたのだった。

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