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Secret Marmaid-王子様の秘密-

「俺は、カグラの王子様になりたくない」


カグラの耳には、ヒカリのその言葉だけがしっかりと残っていた。
それは、何度振り払おう、そして記憶を上塗りしようと努力してもしても、何度でも一番鮮明にカグラに思い出させる。
烈車がレールの上を走る音、ワゴンとライトが話す声、明が烈車の内部を車掌と話しながらメンテナンスする音・・・どれもこれもがその声よりも大きくて騒がしいはずなのに、
いつまでたってもカグラの耳には、その言葉だけが記憶として留まっていた。








それは、夕食前のひと時。皆が思い思いの時を過ごしている際の事だった。
その日の午前中にたまたま停車した駅の近くでクローズと戦闘があり、それが終了した後、疲れからかカグラは部屋で転寝をしてしまった。
慌てて直ぐ傍のカーテンを開けると、窓の外は茜色に染まりつつある。夕刻のようだ。
誰も呼びに来ないということは、まだ夕食前だと思われる。
カグラはほっと胸を撫で下ろしつつ、軽く身だしなみを整えてから、恐らく皆がそれぞれ時間を過ごしているであろう、烈車の共有スペースへと向かった。

と。

共有スペース前へと到着し、カグラがその扉を開けようと扉に触れようとした、丁度その時。

「・・・だから、それは変わらない」
扉の直ぐ傍の席に座っているのだろうか。中から、ヒカリの声が聞こえた。

ヒカリは誰かと話をしているらしく、喧嘩はしていないにしろ、何か主張をしているような感じで話している。
その直後、
「ふーん・・・じゃあヒカリは、ライトがカグラの王子様のままでいいんだ?」
と、そんなヒカリの声に反応するような形で、ミオの声が聞こえた。
どうやらヒカリは、ミオと話をしているらしい。

ヒカリとミオ。カグラにとっては、どちらも大好きな二人。
普段だったら、そんな二人の間に「ねえねえ、何の話?」と遠慮なく割って入っていくカグラである。
でも・・・

「・・・」
どうしてだろうか。カグラの手は、扉に触れることなく宙を切ったままそこに留まっていた。

話の内容のせいだろうか?
自分でも良く分からないが、「何か」がカグラをその行動に誘っている。
二人の話を止めてはいけない。
そんな意識が、カグラの身体を見えない糸で絡めさせる。
カグラは、中に入らないまま扉の外側で聞き耳を立てた。
そうこうしている内に聞こえた言葉が・・・「・・・だから。俺は、カグラの王子様にはなりたくない」だった。



その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、カグラは自分でも驚くほど、胸が大きく鼓動した。
ドクン、ドクンとゆっくりだが力強く刻むそれは、カグラの呼吸までも支配するような感覚だ。
意識していないと、呼吸が止まって眩暈がしそうな錯覚にさえ、陥る。
カグラは、無意識に身につけている白いブラウスの胸元をぎゅっ・・・と強く握り締めていた。
そんなカグラを他所に、二人の会話は続いている。


「私さ、ライトが水に飛び込んでカグラを助けた時、ライトが、王子様に見えたんだよね」
「基本、人魚は溺れないけどね」
「ふふ。でもどうして?本当にライトがカグラの王子様になっちゃうかもよ?」
人魚姫は王子様の事が大好きなんだよね。ミオはヒカリの様子を窺いながらなのか、そんな事も言っている。
ヒカリはそれをなんだかんだ言って交わしつつ、やがてこう言った。
「…そりゃ溺れたら助けるけど、それで『王子様と人魚姫』って見られるのは嫌だし、カグラにもそう思われたくない」
もし俺に王子になれって言うのなら、じゃあ人魚姫はミオで。
それに対してミオは、

「あら、嬉しい。ん?ちょっと待って、確か…」

と、なにやらヒカリに返していたような気もしたのだが、残念ながらカグラには上手く聞き取ることが出来なかった。
というより、耳が話を受け付けることを拒絶した、ということが正しいだろうか。
続きを聞こうと思っても、何も耳に入らない・・・残っているのは、ヒカリの最後の言葉だけ。



「・・・」
カグラは、扉の前でただ立ち尽くしていた。
何事もなかった、聞かなかった事としてスペースへと入っていけばよいのかもしれないが、
それが出来るほど、カグラはまだ精神的に大人ではない。

一歩、また一歩。カグラは扉から遠ざかる。
このまま、この部屋には入れない。会話を交わしていた二人と、どんな顔をして会えばいいのか分からないのだ。

・・・別に、カグラはヒカリと付き合っているわけでもないし、特別な何かがあるわけではない。
それに例えミオとヒカリがそういう関係になったとしても、変な話ではない。
寧ろ、カグラにとっては大好きな人達が幸せになるのは、こちらも幸せに思う。

大好きな二人が幸せになるなら、自分だって嬉しいと思うのだ。
そう、嬉しいのだ。
嬉しい・・・はずなのに。



…何だろうか。心の中にある、この正体不明のもやもやは。



「・・・」
その正体不明のもやが、大きくカグラの表情にまでも影を落とす。
カグラは、再びブラウスの胸元をぎゅうっと握り締めながら、深くため息をついた。




と、その時。

「あれ?カグラどうしたの?中に入らないの?」
カグラの背後から、トカッチが笑顔で現れた。

トカッチの手には、何やら立派なカメラが納まっていた。
どうやら烈車の後方部から夕暮れ時の景色をカメラで撮っていたようで、

「ほらみて!これが夕暮れと山、こっちが陸橋と電車・・・で、こっちが・・・」

と、カメラの液晶画面に自分が撮影した風景を見せてくれては、説明してくれる。
ちらりと見ただけではあるが、実に見事な風景がそこには映し出されていた。

だが、心に余裕がある時なら一枚一枚共感して感動することが出来るのだけれど、今は申し訳ないがそういう心境ではなかった。
そんなカグラの様子にさすがのトカッチも気がついたようで、

「どうしたの?何か・・・あった?」
「え?あ、ううん・・・別に何も」
「嘘。カグラが元気がないなんて、余程の事がないと考えられないよ!」

トカッチはそういって、カメラを肩にかけるとカグラをじっと見つめる。

普段は楽しいし、ちょっと頼りないところもあるけれど・・・優しいトカッチ。
カグラはそれに心の中で感謝しつつ、
でも、「実はミオとヒカリが・・・」と先程の事を話すことによって、ミオと「良い関係」のように見えるトカッチにも迷惑がかかるのではないか。
そんな思いが、カグラの心にストッパーをかける。

「・・・本当に何もないよ?ほら、私こんなに元気!」
本当は元気、なんて言葉を口にはしたくない。でも、トカッチに心配かけるわけにはいかない。
カグラは精一杯元気なふりをして、トカッチに笑顔を見せた。
トカッチはそんなカグラを見て何も言わなかったが、その笑顔がカグラの精一杯の努力だということは感じ取ったようだった。

「・・・あのさ、何か話したいことがあったら何でもいいなよ?僕頼りないかもしれないけど、聞いてあげることぐらいはできるから」

トカッチはカグラの笑顔にそう返すと、「ね?」と優しく言った。
カグラはそんなトカッチの優しさに絆されて思わず涙をこぼしそうになるも、「うん」と作った笑顔で微笑んだ。
その後カグラはトカッチと連れ立って、共有スペースへと入っていった。
二人が入ってきたからなのか、それとも偶然そのタイミングで会話が終わったのか。
ヒカリとミオは、既にそれまでの会話を続けてはいなかった。
もしもわざと止めたのなら…そう思うとカグラは胸のどこかが苦しくなる気がしたが、
絶対にそんなことは悟られてはいけない。そしてトカッチにもこれ以上心配はかけられない…カグラは精いっぱいの笑顔を振りまく様にして、時をやり過ごしたのだった。

 

その日の夜。
昼間のことが気になり寝付けなかったカグラは、停車している烈車から降り、駅のホームに設置してあるベンチに腰掛けていた。
以前、考え事をしていてふらりと電車を降りた時に、烈車が発車してしまい置いていかれたことがあった。
なのでその教訓を踏まえ、今回は停車時間と、自分が少し外に出ることを車掌に伝えた上での外出になる。
車掌の話だと、烈車は明け方までこの場所に停車予定との事。
カグラはそういう意味では、今回は安心して外に出ていることとなる。



「・・・」
『カグラの王子様にはなりたくない』。
あれから数時間も経っているというのに、カグラの耳には未だにヒカリのあの声が、焼き付いていた。
そして、ミオに向けて語ったあの言葉も。
それを思うと、幾度となくカグラの口からため息が漏れていく。
・・・

別に、ライトの事が嫌いとか、ライトが王子様だと嫌だとか、そういうわけではないのだ。
だけど、ヒカリに「カグラの王子様にはなりたくない」と言われたことがどうしても耳から離れなかった。

カグラの中では、王子様というのはお姫様と幸せになる、というイメージが強い。
童話の中の王子様とお姫様は、仲良く惹かれあっている。
故に…「王子になりたくない」と言われたことがショックなのだろうか?
そうも考えたが、何だかそれだけでは今の自分の気持ちが説明できない。カグラはそんなことも思っていた。
それに加えて…

「…」
カグラは、そこで大きなため息を一度、搗く。


カグラは、ミオが大好きだ。優しくて頼りになって、そして一緒に居て楽しくて。
同い年なのに、まるで姉のようにカグラの面倒も見てくれる。
楽しい時は一緒に笑ってくれて、悲しい時は傍にいながら一緒に泣いてくれる。
そんなミオが大好きだった。


またそれと同時に、カグラはヒカリも大好きだ。
何かとカグラに気を使ってくれて、尚且つ優しく包み込んでくれる。
同じ年なのに、まるで兄のように接してくれるヒカリ。
時には厳しく、そして時には誰より甘い。
いつの間にか傍にいて、そして気が付いたときにはカグラも傍に寄り…そこにいるのが「自然」だと思える存在。
カグラはヒカリの事も大好きだった。


どちらもとても大切で、大好きで・・・だからそんな二人が幸せになってくれれば、カグラも嬉しく思う。
嬉しいのだ。
本当に嬉しいのだ。
嬉しいはずなのに・・・。


・・・なのに、どうしてこんなに胸が苦しいのだろう・・・。



頭の中では消化しきれない、理不尽な感情。
それに耐えられず、カグラは深く大きなため息をつく。

カグラは、そっと自分の胸に手を当ててみた。
薄手の白いブラウス越しに触れる手に、少しだけ早くなっている胸の鼓動が伝わってきた。
だがそれと同時に、言いようのない「何か」も手に伝わる。



大好きな二人が一緒に幸せになることに、何の問題があるのか。
大好きな二人の笑顔をみることは、カグラにとってもとても嬉しいしそれだけで幸せになる。
それの、どこに問題があるのか。
それを願っているはずなのに、なのに何故こんなに苦しいのか。



・・・でも本当は、少し考えればその答えを自分で導くことが、出来るのかもしれない。

ミオに対する「好き」と、ヒカリに対する「好き」が、本当に同じ種類の「好き」なのか。
良く考えれば、この胸の苦しさの意味を自分で知ることが出来るのかもしれない。

ただ、それをするにも「カグラの王子様にはなりたくない」という言葉が枷となって、カグラの思考をそこに至らせずに留まらせてしまう。



真実を改めて認識することが怖いのか。それとも・・・自分が傷つくのが嫌なのか。
それのどちらが自分の本心なのか分からない。
分からないけれど、ひとつだけ確実にいえるのは、『これから先も、皆で一緒に旅を続けて行く』という事。

幸せそうに寄り添って行くであろう二人の姿を、これからはもっと頻繁に見続けるということだ。

「…」
大切な人の幸せを願う気持ちと、そうすることと反比例して軋んでいく胸。
どうしてそうなるのかを、ぼんやりと考えながらカグラは深いため息をついた。





と、その時だった。





「・・・寝ないの?」
ホームで一人座っているカグラの目に、ゆらりと揺らぐ影が映った。

カグラより少し大きな、影。
その影に何度寄り添ったことがあったろうか・・・カグラは一瞬でそれを思い出すも、複雑な気持ちに駆られ顔を上げることが出来ない。


声の主は、ヒカリだった。
どうやら、烈車の窓からカグラがホームで座っているのが見えたのだろう。
時間も時間だし、しかも以前の事もあるので、心配してこのように出てきたようだ。
相変わらず、優しいヒカリである。

だが、そんなヒカリが声をかけても、カラグは何故か顔も上げない。しかも、反応すらしない。
一体どうしたのだろうか。流石にこれだと、ヒカリでなくても心配になる。
勿論、ヒカリが知らないだけで、それ相応の事情がカグラにもあるのだが。


ヒカリはただ黙って、カグラの横に腰を下ろした。
カグラはそんなヒカリにちらりと目をやる。
するとそんなカグラに対しヒカリは、突如「十五回」と言った。

「じゅうご、かい・・・?」
一体何の数字だろうか?カグラが首をかしげると、

「さっきからカグラがついている、ため息の数」

ヒカリはそう言って、カグラを見た。
どうやら烈車の中から様子を覗っていたようである。
しかもご丁寧に、カグラが知らず知らずついているため息の数を、カウントしていたようである。

「何か悩みでもあるの?」
ヒカリはカグラの顔を覗き込むが、カグラがそれに答える素振りはなかった。

…一体、どうしたというのだろうか。
いつも元気で笑顔を振りまいてくれるカグラ。その笑顔が曇ってあまつさえ悲しそうな・・・そんな瞳をしているかのようにさえ、ヒカリは感じた。

大切な人が悲しいと、自分の胸にもその悲しみが流れてくるような気がする。
一緒に泣いてやることは出来ないが、ただ傍で寄り添うことなら出来る。
いや、それだけしか出来ない、というのが正しい表現でもあり、悲しいところでもあるのだが。

「・・・」
とりあえず無理に聞き出すのではなく、カグラの気持ちが落ち着くのを待とう。きっと、それが良い。
ヒカリは何も言わずにただ、カグラの横に腰掛けていた。



…ヒカリが何気なく空を見上げると、漆黒の闇に清かな三日月が浮かんでいた。
明日は天気が悪いのだろうか、月は見えるが星はない。
清かな月の光が、草の匂いを運ぶふわりとした風と一緒に、辺り一体を柔らかく包み込んでいるような感覚に、見舞われる。
深夜という時間帯もあり、静寂もまた闇の中に溶け込んでいた。
自分たちの街は、どうやって闇に飲み込まれたのだろうか。
もしかしたら、こんな風にいつのまにか溶け込んで・・・記憶がないのがもどかしいが、その深くも静かな目の前の空間に、ヒカリはそんな思いを馳せていた。




と、その内。
静かな空気の流れがつと、動いたかと思うと、カグラがゆっくりと立ち上がった。
「・・・」
それにあわせて、ヒカリもゆっくりと立ち上がる。
カグラは立ち上がってもしばらく何も言葉を発しなかったが、やがて・・・ヒカリをじっと見つめると、漸く口を開いた。
ところが、だ。

「私・・・ミオちゃんが大好き」
「え?・・・あ、ああ、うん」
「でも・・・ヒカリの事も大好き・・・」
「あ、ありがとう。・・・?」

漸くカグラの口から出た言葉は、ヒカリにとって意外な言葉だった。

カグラがミオのことを好きなのは知っている。そして、ヒカリのことを好きだといってくれるのは、有難いし嬉しい。
しかし・・・何故今、このタイミングでそれを?


わざわざ夜中、烈車から降りて十五回もため息をつき、ようやく口に出した台詞・・・にしては、要領を得ない。
当然のことながら事情が分からないヒカリは、カグラに何と返して良いのか分からずにいた。
すると、

「私、ミオちゃんもヒカリも大好きで・・・大好きだから・・・」

カグラは再びそう言いながら、今度は何故か涙を流し始めた。
ヒカリは思わずぎょっとする。

…何故、このタイミングで泣く?

先ほどの言葉同様、事情が分からないヒカリには、全く訳が分からない。

「えーと・・・カグラ?」

とりあえず声をかけようとはするも、最早何と声をかけてよいのかも分からない。
だが、このまま放っておくわけにはいかない。
ヒカリは涙を流しているカグラに、若干困惑気味で声をかけた。
カグラゆっくりと首を左右に振ると、その涙を手の甲で何度も何度も拭いながら、ヒカリに向かって言った。

「わ、私・・・ミオちゃんもヒカリも、大好きなの。だから・・・だから二人が、好き同士で付き合っても、大好きな二人が幸せになるなら、それで良いの・・・」
「…は?」
「良い筈なのに・・・わかんないけど、何か胸が苦しいの・・・。二人が幸せなら私も嬉しいのに・・・なんで?何でこんなに・・・!」

カグラはそう言って、顔を覆うようにしてその場にしゃがみ込んだ。
小さな肩は、小刻みに揺れていた。

「ミオちゃんの幸せも、ヒカリの幸せも、すごく嬉しいのに・・・どうして、私・・・」
可愛らしい顔を涙でぐっしょりと濡らし、涙声でそう呟くカグラ。
その顔は悲痛に歪み、涙は手の甲で拭っても拭っても、溢れ出てくるようである。


「・・・」
ヒカリはそんなカグラの姿をしばしじっと見つめていた。
ただし・・・それは、「ありがとう。俺たちは嬉しいけれど、カグラを苦しめてごめん」という意味からではない。
当然のことながら、「一体この子は何を言っているのか?」という困惑の気持ちからである。


カグラがミオの事を大好きなのは知っているし、有難いことに、ヒカリの事も好きだと言ってくれる。
カグラのその気持ちは、ヒカリにも理解出来た。

だが…これまでの生活の中で起こった出来事のどこを取ったら「ヒカリとミオが好き同士で付き合う」ことになるのだろうか?
色々と世話を焼いてくれるミオとのやり取り?
冷静な考えを持つもの同士の、会話?

---------心当たりがない。

ヒカリには、どうしてもそれが理解できなかった。
でも、カグラがこんな風に泣いて苦しむほど悩むからには、きっとカグラがそう感じる「きっかけ」があったはずだ。


「ねえ、カグラ。カグラはさ、どうして俺がミオと好きあっているって思ったの?」
ヒカリは、しゃがみ込んで涙を流しているカグラに向かってそう問いかけた。
カグラはヒカリのその問いに一瞬困ったような表情をした。
だがやがて、昼間聞いてしまった例の「王子様」発言のことを、ヒカリに伝えた。

すると。

「・・・」
ビシッ
ヒカリは大きなため息を一つつきながら、泣いているカグラの額を軽く指で弾いた。

「い、痛い・・・」
予期せぬデコピンに、カグラが思わず泣くのをやめてヒカリを見ると、

「・・・あのさあ。そうやって不確かなことで勝手に落ち込んで、泣くのやめたほうがいいよ」
ヒカリはため息と同時にそんなことを呟いた。
「ああ、本当に心配して損した」
「不確かなことって何よ!だってあの時・・・」
カグラはそんなヒカリに反抗しようとするも、

「カグラが人魚姫なら、俺はカグラの王子様にはなりたくない。じゃあミオが人魚姫で」
「・・・そう、ミオちゃんに話していたでしょ?だから私・・・」
「で。その後、どうして俺がそうミオに言ったかをミオと話していたんだけど、カグラ、それは聞いてなかったんでしょ?」
「え?」

…確かに。
確かにあの時は、「王子様になりたくない」発言で頭が一杯になり、その理由についてなど耳に入ってこなかった。

だが、聞いたところでどうせ状況はそんなに変わるわけがない。
カグラは率直にそう思い、そして再びヒカリを見つめた。
するとヒカリは、「ちょっと歩こうよ」と、カグラを伴って、烈車の停車場所から少し離れ歩き出した。
「え…」
突然のことに驚いたカグラであったが、ヒカリはすでに歩き出してしまったので、慌ててその後を歩き出す。





停車場所直ぐ近くには、「公園」とまでは言えないけれど、きっと昼間の時間帯であれば、子供が足だけ浸かって遊べる噴水のようなものが湧き出でるだろう、というスペースがあった。
いくつかの段差のある置石もあり、子供たちはそこに乗っても遊べそうだ。
ヒカリはそのスペースに着くと、すぐ傍にベンチを見つけてそこに腰掛けた。
カグラも、その隣に座る。
ヒカリはカグラが自分の横に腰掛けたのを見届けると、ゆっくりと話し始めた。


「確かにあの時、ミオとその話はしていたし、俺が言ったことにも間違いはないよ」
「そう・・・」
「でも、だからってそれは、ミオと付き合うとかそういうんじゃないし。俺に関しては、ミオの事をそういう目で見ていないし。ミオだって俺に対してそう」
お互い、大切な仲間の一人。ヒカリは、冷静だがはっきりとした口調でそう言った。
「…」
カグラは、それを黙って聞いていた。ヒカリは続ける。

「それに、俺が王子様になりたくないって話したのはさ、人魚姫に関しての話」

ヒカリは、黙ったままのカグラに続けてそう語りかける。
だがそれを聞いたカグラが、納得いかない表情でヒカリに問いかけた。

「王子様なんて、どれも一緒じゃない。結局はそういうことでしょ?別に弁解なんて…私は二人が幸せならそれで」

ところがカグラがそう言った途端、ヒカリが先ほどよりも少し強い口調で、「同じじゃないよ」と口を挟んだ。

「え?」
カグラがそれに一瞬怯み口を閉ざすと、

「全然同じじゃないよ。他の王子様と人魚姫の王子様じゃ、決定的な違いがある」

ヒカリはそう言って、ベンチから立ち上がった。
そして、今は水が張っていない水場へ歩いていき、合間にある置石の上にジャンプする。
カグラも、ヒカリを追ってその置石の傍へと歩み寄った。
ヒカリは夜空に浮かぶ月を背に置石の上に登ったまま、地面に立っているカグラを少し上からじっと見つめた。

「決定的な違いって?」
おとぎ話や童話に出てくる王子様なんて、どれも一緒じゃないの?
どうしてもそれが理解できないので、カグラはヒカリに問いかける。
するとヒカリは、一度だけ大きく深呼吸をした後…カグラに向かってはっきりと言った。


「だって、人形姫の王子様は人魚姫と結ばれないだろ?」
「え…?」
「王子は他の姫君と結ばれて、そっちでハッピーエンド。一方人魚姫は、自分が人魚に戻る為に王子を殺せば良かったのに、それも出来なくて…」
「…海の泡となって、消えてしまう」
「そう。ほら、明らかに他の王子様とは違う」
人魚姫って、童話なのによく読んでみると独特な結末だよね。
ヒカリはそう言って、ぴょん、と置石から飛び降りてカグラの横に並んだ。

「…」
カグラは、自分の横に並んだヒカリをじっと見つめた。
…今の説明でとりあえず人魚姫の王子と他の王子が違うってことは分かった。
でも、だからこれ迄の件と何の関係が?カグラがそんなことを思っていると、

「…だからさ。分かんない?」
「分かんない」
「…だから。どうせなら俺は、カグラと結ばれる王子様がいい」

だから、人魚姫の王子はライトに喜んで譲る。ヒカリはそう言って、自分を見つめていたカグラの頭を優しく撫でた。
その言葉にようやく彼の意図が分かったカグラが、カアッ…と頬を紅潮させると、

「もしも俺に人魚姫の王子になれというのなら、人魚姫はカグラ以外ならいいかなって思って。あの時はミオと話をしていたから、人魚姫はミオで、って言ったんだけど」
ミオにはすぐに俺の本心何て気付かれたし、俺たちの間ではあれは笑い話で終わったよ。
ヒカリはそう言って、カグラの手をとり、カグラを置石の上に立たせた。
そして自分を少し上の位置から見ているカグラの手を取ったまま、

「…ま、でもどちらかというと俺は王子様っていうよりも…」
そう言って、取っているカグラの手の甲にそっと口づけをすると、「騎士様の方が向いているかも」と言って優しく微笑んだ。


星もなく深い闇に清かに浮かぶ三日月が、二人の姿を柔らかく照らし出していた。
その闇を微かに照らす三日月を背に、二人の様子はさながら、姫君とその姫君に忠誠を誓う騎士を思わせる。
ふわり、とそこに柔らかな風が吹き抜けて行った。
ただ風は二人の間をするりと通り過ぎていくも、見つめ合う二人の視線はその場で絡み合い留まったままだ。


「…」
その、中で。
…うっかりと呼吸をするのも忘れるくらい胸を鼓動させながら、カグラは立ち尽くしていた。
ヒカリに触れられた手の甲が、ジンジンとまるで身体全体を焼き尽くすかのように熱を帯びている様な気がした。
さっきまで、そう、短時間に十五回もため息をつくほど悩んでいたというのに、それさえも忘れさせてしまうような出来事。
…どうやらミオとのことは誤解の様だけれど、これはこれで、カグラにとっては心を揺さぶられる出来事だ。


「…」
カグラは、ヒカリを見つめたまま…触れているヒカリのその手の指に自分の指を絡めた。
ヒカリも、その絡んだ指に自らもキュッ…と力を込める。


…言葉は何も交わさない。
でも、繋がっているその指から、お互いの心内が伝わってくるような気がして。
早とちりで誤解したり、言葉足らずで傷つけたり。
そのせいで絡まってしまった「糸」を、一つ一つ丁寧に解いていくかのような、そんな感覚を覚える。

「…」
そのまま二人は、しばしお互いの手の温もりを感じていた。
だがその内、


「…だから、分かった?」
「…うん」
「頼むからさ、勝手に傷ついて勝手に自己完結しないこと」
「うん」
「あと…」


ヒカリはそう言って、繋いでいるカグラのその手をくいっと引いた。
「あっ…」
そのせいでカグラの身体はバランスを崩し、置石の上から落ちそうになる。
ヒカリはそんなカグラの身体をしっかりと両手で抱き留めると、


「…まあ一方的に人魚姫のカグラに想われるのも、とは思うけど。どうせカグラが人魚姫なら、俺は、そうだな…カグラと一緒に海の泡にでもなるかな」
「何それ」
「だってそうしたら…いつまでも一緒に居られるよ」
海の底でも、どこまでも。ヒカリはそう言って、笑った。

「泡になっちゃったら、一緒に居ても分からないよ」
「わかるよ…多分。どこにいても、俺がカグラを見つけてあげる」
「ふふ…じゃあ私も頑張って、ヒカリを見つける!どっちが早く見つけるか競争しよ!」
「うん、でもまだ泡になったわけじゃないから、競争はちょっと」
「あ、そっか」

…でもこの調子なら、お互いすぐに見つけることが出来そうだ。
実際はどうかなんてわからないけれど、その気持ちだけは十分伝わった。
二人はそれがおかしくて、小さく笑いあった。
そしてしばらくそうやって笑った後、

「さ、そろそろ帰ろう。もう遅い」
「うん」

うっかり忘れていたが、今は深夜。そろそろ戻らないと、明日の朝に響きそうだ。
ヒカリはカグラを地面に下ろすと、ゆっくりと歩き出した。
カグラもそんなヒカリの…腕をそっと取り、ともに歩き出す。

「ヒカリ、今夜の事はミオちゃんには秘密ね」
自分の早合点だということが分かったカグラは、烈車へと歩きながらヒカリにそう頼んだ。
するとヒカリは意地悪い笑みを浮かべながら、

「どうしようかな。何かカグラが変なこと言って泣いてたんだけど、ってミオに言ったらなんていうかな」
「ひどーい!」
「酷いのはカグラでしょ。妙な想像して勝手に悩んで泣いて」
「う…そ、それはそうだけど」
でも、本当に二人の事大好きだし、本当に悩んだんだもん。カグラはそう言って、口を尖らせる。

ヒカリは「嘘。言わないって」と、そんなカグラを笑ってやり過ごすと、

「多分、さ。カグラが俺とミオの事を好きっていう気持ちと、俺がミオとカグラを好きって思う気持ちは似ているんだと思うよ」
「似て、る?」
「…二つの好き、が、きっと違う好きだってこと」
「…」

ヒカリの言葉に、カグラは一瞬ドキ、と胸が鼓動するのを感じた。

それは、一人で思い悩んでいた時にカグラの脳裏をかすめたこと。
あの時は考える余裕なんてなかったが、こうして冷静になると…ちゃんとわかる。

ミオも大好き。ヒカリも大好き。
でもそれが同じ種類の大好きなのか、と言われたら…決して、イコールではないということを、今ならばわかる気がする。

…まあならば余計にミオには恥ずかしくて言えないな。
カグラはそんなことをこっそりと思う。

「…やっぱり、ミオちゃんには秘密」

カグラは、少しだけ頬を赤らめながらヒカリを見上げた。
ヒカリはそんなカグラの頭を優しくぽん、と叩くと「はいはい」と笑った。
そして、

「じゃあさ、秘密ついでに、もう一つだけ俺達の秘密を作ろうか」
そう言って、つと、立ち止まった。

「秘密?」
カグラも一緒に立ち止り、その言葉に首を傾げる。
ヒカリはそんなカグラの顔をじっと見つめると、
「そ、秘密」
そう言って少しだけ、身を屈めた。






『私さ、ライトが水に飛び込んでカグラを助けた時、ライトが、王子様に見えたんだよね』
『基本、人魚は溺れないけどね』
『ふふ。でもどうして?本当にライトがカグラの王子様になっちゃうかもよ?』
『…そりゃ溺れたら助けるけど、それで『王子様と人魚姫』って見られるのは嫌だし、カグラにもそう思われたくない。もし俺に王子になれって言うのなら、じゃあ人魚姫はミオで』

『あら、嬉しい。ん?ちょっと待って。確か…人魚姫って、王子と結ばれるために魔女に頼んで人間になるけど恋は叶わなくて、魔女に王子を殺せば人魚に戻れるって言われるけど、それもできなくて…結局海の泡になって消えるんだよね?』
『ああ。童話にしては珍しいケースだよね』

『あ。もしかしてヒカリ、人魚姫がカグラ以外だったら誰でもいいんでしょ。人魚姫と王子様がハッピーエンドにならないから。だからライトが王子様でいいのね?』
『…別に』

『結ばれない役回りは任せるってことか。…ふふ、そんな風に考えてくれる人がいるなんて、ある意味カグラが羨ましいなあ』
『別にそういうわけじゃ。それにミオには、ミオの事をよーく考えてくれる人が、もういると思うけど』
『そう?…』






ヒカリの脳裏に蘇る、あの時のミオとの会話。
思い出すと、少しだけヒカリの胸もこそばゆく感じる。
まさかこんな形でそれがカグラに伝わるとは思っていなかったけれど、それが何とか伝わったことはヒカリも安堵する。




…月明かりが、再び二人の姿を優しく照らし出していた。
それと同時に地面の上に映し出される、二人の影。
最初は隣に仲良く並んで映し出されていた影だったが、大きな影が少し小さな影に近づいた後、やがて一つに重なった。

 

 


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